「デートしなきゃ！」


真夏日の続く八月末だった。先に帰ってビールを飲んでいた右生が危うく吹きそうになる。むせて咳き込みながら目をやる元凶。

右手に握った卓上カレンダーをトロフィーのごとく突き上げ、声を張り上げたのはもちろん彩芽だ。来月末、ふたりの休みが合うからというのが理由らしい。まだ一ヶ月は先の話に眼を輝かせ勢い込まれてたじろぐ。


「申し合わせてもないのに休みが合うなんて神様のお告げよ。やるっきゃないわ。デートに決まり！」

ふたりの仕事場には定休日はない。休みはスタッフ同士がローテーションを組んで取る上、ふたりは部署まで違う。すれ違うことが多いのは確かだがそれにしても大げさでは。


「何よ右生。異議あり？」

トロフィーがマシンガンに早変わりして心臓が狙われる。おいおい。缶ビールごとホールドアップした右生は、あわてて笑みを取り繕った。


「ないないありません。デート大賛成」
「ほんと？　すごく声に含みがあるんだけど」

そりゃもう。疑問やら笑いやら含みだらけだ。


デートしたい、でもデートしよう、でもない。誘いもおねだりもすっとばしていきなり断言宣言するあたりはいかにも彩芽らしい。今の仕事を始めてから彼女の決断力と行動力はかなりスキルアップした気がする。

たまの一緒の休みをのんびりと思わないでもなかったが、たまだから楽しもうとする意気はいい。異議もない。

はずだが。


「よし、オーソドックスでいこう」
「……は？」
「まずは待ち合わせからね」

「待ち合わせってなんだよ」
「楽しみー」
「こらこら人の話を聞け」

その気になった彩芽に勝てるはずがない。再びホールドアップ。危惧しながらも来月のデートは彼女の希望に添うことになった。待ち合わせに映画にショッピングに食事。確かにオーソドックス。一体何故。


言うは易く行うは難し。どちらもわかっていなかった。
ふたりのデートがすんなりいくわけなどないということを。





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