これが葵の言うチャンスだろうか。


　カジュアルレストランで向かいに座った男をみつめる美羽は、口は閉じていても頭の中でべらべらとしゃべりまくりだった。うわずってるのが自分でもわかる。なんたって社内の女子社員なら１０人が１０人ともとびつくだろう彼。我が社の独身男性としてはおそらく１，２を争う人気者で切れ者、なんて自分が知ってるくらいだ。





　終業と同時にとびこんできた亀沢　丈は有無を言わさずここまで美羽を連れ出した。行動力と強引さは聞いてるとおり。初めて面と向かった顔は思っていたほど整ってない。写真よりも実物が勝るタイプ。表情の豊かさが魅力なのだ。明石みたい。そう考えて驚いた。ちっとも似てない、まるで違うタイプなのに。


　意識を食事に集中する。初めての店だったが堅苦しさはなく料理も美味しかった。
「無口だね」
　話しかけられ顔を上げると相手はもうメインディッシュを食べ終わっている。のぞき込んでくる眼が鋭い。動悸が高鳴る。わけもなく。
「相談を受けるっていうからおしゃべりなのかと思った」
「無口ってことはないですけどおしゃべりでもないです」
　そう答えながら最後の一口を呑み込むと、ナイフとフォークを置き居住まいを正した。


「亀沢さん」
「何」
「あたしについて社内で流れてる噂は知らない訳じゃないんですが」
　まっすぐ人を見るのは美羽のクセだ。
「大半はただの噂で。もしくは尾ひれが本体の千倍もくっついたメダカです」
　ぶっと吹き出した丈が高らかに笑うので面食らった。
「い、いや失敬。尾ひれが巨大なメダカが浮かんだもので」
「・・・確かにおかしいですよね」
　自分で言っておいてイメージは後からついてくる。クッと美羽も笑い出す。


「俺は宗教や迷信にたよるタイプじゃないんだ」
「そう思います」
　目の前の彼にそんな弱さは欠片もない。
「飛びつく前に調べる方だよ。例外はライターくらい」
「ライター？」
「好きでね。気に入ったらつい手を出す。すでにコレクションだよ」
　それも明石に似てる。よぎった考えを押しのける。


「このご時世じゃ吸うのも楽じゃないでしょう」
「タバコは数を吸わなくても平気なんだ。肝心の時の一服はやめられないけど」
　多分この笑顔だ、女子社員が軒並みやられてるのは。顔つきそのものは粗っぽいのに笑うと甘さを漂わせる。ドキッとした美羽は気持ちを立て直そうと運ばれてきたコーヒーに口を付ける。


「話がそれたね。実際君に相談した人たち何人かに聞いてみたんだ。彼らはみんな君を褒め称えてた」
　反論しかける美羽を丈は片手で止める。命令することに慣れた仕草。
「だからってそれが君のおかげなのか証明するのは難しい。わかってるよ。ただ、確率としては無視できるものじゃない。ましてや君は謝礼もとらないんだし」
「お金なんてもらったことありません」
　憤然と言う美羽に丈はうなずく。
「だからこそだ。君に相談してプラスはあってもマイナスはない。おまけに僕にはもう一つ利点がある」
「利点？」
「日高　葵と親しいだろう？」


　遅すぎるくらいだが、美羽の記憶から親友とこの男性とのゴシップが検索され引っ張り出された。聞いてる限り誘ってるのはこの人で葵にはその気がなくて。
「そのとおり。今のところは剣もほろろ」
　なんて回転の速い人だろう。自分の考えをぴったりたどってくる彼に驚嘆する。
「だからってあきらめるつもりはない。チャンスが欲しいんだ。君がそれをくれる」
「あたしが？」
「そう」
　思っても見なかった話の展開に美羽は初めてうろたえた。


「あの。さっきも言ったとおりあたしは縁結びなんてできないし、したことないし、する気もないですよ。ましてや葵となんて」
「別に無理矢理セッティングしろとか、画策しろとは言ってない」
「なら一体」
「言ったろ。チャンスが欲しいんだ。君は彼女と一番親しいんだから、相談ついでに彼女のことも教えてくれないか」
「それって」
「一般的なことからでいい。彼女の趣味とか好みとかいろいろ。逆に彼女に君が見た俺のことをばらしてくれても構わないし」
「あなたのことを彼女に伝えてもいいんですか」
「ああ」


　混乱した頭で美羽は考えた。要はいつもの相談と同じじゃないだろうか。葵は外見の割に潔癖で男性の誘いにも滅多に乗らない。だからみんな諦めてしまう中、この人だけはしつこいと本人も言っていたような。どういうつもりで葵を追うのか探ってみてもいいかもしれない。興味はある。
「どうかな」
　簡単にはあきらめそうもない彼を見て美羽は心を決めた。
　そうよ、害はないわ。
「わかりました」


　目の当たりにする笑顔にまた動悸が鳴った。害はない。ほんとに？　いつもと同じどころか大変なことになりそうな気がした。