結婚式について美羽のこだわりはふたつあった。ひとつがチャペル、もうひとつがドレスの後ろに長く引くトレインだった。美羽にしては珍しく憧れだったのだ。

小さい頃から活発で負けず嫌い、見かけによらず外遊びが好きで、男の子に混じって切り傷擦り傷が絶えない子どもだった。女の子らしいフリルとかスカートは特に嫌でもない代わり好んで喜ぶほどでもなく、つまりはあまり興味がなかった。

その時どきで着たいものを着るのが美羽で、ウィンドウショッピングはしてもファッション雑誌は買ったことがない。なのにどうしてトレインを引くドレスに憧れていたのか自分でも不思議に思う。たぶんどこか何かで見たんだろうが覚えてない。

でも、ドレスを着るなんて滅多にない、おそらく一生一度の機会だろうから、是非着たいと思ったのだ。


それにしてもドレス選びは大変だった。一番頼りになると思っていた丈が全くあてにならなかったのが大誤算。なにを着ても目尻を下げて「うん、似合う。似合うよ」ではどうしようもない。あの顔を写真に撮って会社に張り出そうかと思ったほど。かといって一人では迷うだけ。

女の敵は女と言うが、いざというときの味方も女だ。困った挙句にののと道江、葵に碧まで引っ張りだして美羽はつくづくそう思った。

バランスとしてもこのメンツは良かった気がする。母親世代のふたりと同世代のふたり、ファッションについてどちらかといえば保守的な道江と葵、自由なののと碧。もちろん美羽も主張を貫き、ブライダルサロンのスタッフも加わって熱い議論を戦わせた成果が、いよいよ身にまとったこのドレスというわけだ。


いわゆるプリンセスライン。上半身は小さくウエストできゅっと締めてスカートが広がる形は、小柄な美羽が花婿と並んだ時にもっともバランスがいいと皆が判断した。オフショルダーのビスチェは美しいレース模様で胸元をきっちりと包んでいる。

前から見るとシンプルなドレスだが、惹かれたのは後ろ姿だ。スカートと同じ布地でボリュームのあるリボンと花のようなコサージュをあしらったバックスタイルは、その下から流れるレースのトレインを含めてうっとりするほど美しかった。

肩と背中の素肌、その下を覆う白いレースの対比が清楚な色気を醸かも　し出す、なんて言ったのは碧だったと思う。
「さすがジュエリーデザイナーね、説得力のある言葉だわ」
葵が妙に感心していたが、着てみるとまさしくそんな感じだった。


「美羽、きれいよ」
「ほんとに素敵。ため息が出るわ。みなさんで選んだ甲斐があったわねぇ」
ののと道江が感に堪えない声でほめてくれる。その横で葵がにこにこと、碧が満足げにうなずいて言う。

「美羽さんって不思議な雰囲気があるのよね。温かいのに神秘的っていうか。妖精？」
「巫女さんよ」
葵がくるりといたずらっぽく眼を回す。

「うちの会社じゃ縁結びの巫女さんで知られてるの」
「葵ったら」
「ほんとに？　ああでもわかる気がするわ。私と清高だってそうだったし」
困る美羽をよそに碧は続ける。

「丈さんが見たら大変ね」
「式も忘れてさらって消えない？」
「とんでもないわ」
葵が言うのもあながち冗談に聞こえない。道江がきまじめに心配して宣言した。

「丈さんには式まで会わせません」
「そうねえ、その方が楽しみが増えるし」
ののまで追従するので、葵と碧が笑い出す。

「亀沢さん、かわいそう」
「いいんじゃない？　真面目にドレスを選ばなかった罰よ。清高にブロックさせるわ」
「なら私も光にメールしようっと」
結束した女の団結力ときたら。いいんだろうか。胸のうちでたじろいだ美羽だが、スタッフに声をかけられる。

「皆様、そろそろお式のお時間です。お母様方は確か」
「あら大変。ののさん、そろそろ行かないと」
「もうそんな時間？　美羽、しっかりね」
「チャペルで待ってるわね美羽さん」
ぱたぱたと消えた母親たちに、葵が苦笑する。

「しっかりって言うの？」
「あら、しっかりしないと。お式って結構緊張するのよ」
つい先月経験したばかりの碧が語る。
「だから頑張って。私たちもそろそろ」
「だそうよ美羽。転ばないでね。見てるから」
「ありがとうふたりとも」

見送って美羽は思った。
みんなが心から祝ってくれる。なんて素敵だろう。


ねえ、明石。
姉さんはどう？　きれいに見える？


鏡台の上の明石の写真が含み笑いしている気がした。





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