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カウント4
花婿の母の回想



畳紙たとうがみ をいくつかと帯に帯締め、半襟に草履まで広げた中。
道江は腕組みして唸っていた。

「ののさんのドレスと並ぶとバランスが悪いかしら。でも花婿の親なら黒留だし、ドレスなんて慣れないもの着て肝心な時にけつまずいたらそれこそ目も当てられない。お父さんに叱られちゃうわ」

本心で悩んでいるわけではない。自分でも言ったとおり、息子の式だ。着物なら黒留め袖で決まり。いまさらドレスを探す気もない。これは女なら誰でもやること、迷うのも楽しみのひとつだ。


畳紙のひとつに眼を遣った道江はふっと笑んだ。淡い若草色に四季の花や雪輪を配した訪問着は三つ紋。先月、離婚した夫の元に残してきた長女・碧みどり の結婚式で袖を通したものだ。

次女の時もそうだったが、母親として何もしてやれなかった自分を式に呼んでくれた娘たち、それを許してくれた元夫とその奥さんには感謝してもしきれない。

今回は道江ばかりでなく謙介、それから友人として丈と美羽も招待されていた。碧いわく、波布とうまくいったのは美羽のおかげだそうだ。道江の喜びは倍加した。新しい家族でそろって娘の幸せを祝える。その記憶を共有できるなんて夢のようだった。


『碧さん、ほんとにきれいでしたねえ』

その後、美羽が会うたびに繰り返してくれるのはきっと、自分を喜ばせてくれるためだ。いつだか丈にそう漏らしたら爆笑された。

『母さん、美羽を買いかぶりすぎだよ。母さんと碧は似てるって言ってたから、母さんを見ると思い出すんじゃないか』

どっちにしろ道江には嬉しいことだ。丈の式に今度は碧夫婦も招待されているのも楽しみだ。

『美羽さんはうちの福の神ね』
『幸運の白兎か』

ちゃかすふりして自慢げになった丈の顔が幸せそうで。息子をそんな顔にしてくれる美羽はほんとうに福の神だと道江は思っている。式当日まで何事もありませんようにと祈るばかりだ。


改めて眼を落とした黒留め袖は五つ紋。白く重なる波に明るい色の扇を描いた江戸褄模様だ。泥金の袋帯はお太鼓に鶴がくる。母としての喜びをせめて模様に込めようと決めた装いはなかなかだと思うが、それよりも楽しみなのは美羽の花嫁姿だ。先日の結婚式がまたしても浮かぶ。

背の高いモデル体型の碧には襟の高いレース地の細身のラインが似合った。花婿の波布がまたいい男で、二人並ぶとどこかのドラマにでてきそうだった。娘の幸せにあふれた顔がなければ現実味が薄れそうなくらい。


結婚式はやっぱり娘の方が楽しみがあると思う。美羽とののはまるで当たり前の顔で、衣装選びに道江も誘いだしてくれた。美羽の友達や碧まで呼んで、女同士ああでもないこうでもないと相談する、その楽しさといったら。

『丈さんの意見は聞かないの?』
『どれも似合うとしか言わないんですもん』

日頃の息子では考えられない話に碧と顔を見合わせて笑った、その帰り際に碧が申し訳なさそうに言った。

『あたしの時もお母さんに相談すればよかったわ。ごめんね』
『何言ってるの。波布さんとふたりで選んだんでしょ? すごく似合ってたわよ』

幸せそうに頬を染めていた娘。
幸せいっぱいの顔をした息子。


「ありがたいこと。美羽さんはほんとに福の神だわ」

道江はまた呟く。まさかその福の神が危機に陥っていようとは予想もしていない。ふと時計をみた。

「やだわ、こんな時間。夕飯の支度しなきゃ」
あたふたと片付けながらつい息子に文句が出る。

「丈さんたらいつまで出張なのかしら、ぼつぼつ戻ってこないとお式に間に合わないじゃないの」

自分の台詞にぎょっとして手が止まる。お式に間に合わないなんて冗談にもならない。

「くわばらくわばら」

意味があるのかないのか、とりあえず思いついた言葉で打ち消そうとしたものの、道江の胸をいやな予感がよぎった。


結婚式まであと4日。





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