「中学と高校の後輩？」

三人に増えたディナーは甘さこそ減ったものの、飛び入りがやたら面白いので美羽は楽しんでいた。いつも冷静な丈がまるで漫才の相方のごとく突っ込みへ走るのがおかしくて仕方ない。


「せや。大学は違おたけど入社してすぐの研修で出くわしてな。もうこれは運命やな」
「どんな運命だ」
「なんや感じんかったん？　俺は胸がキュンと」
「バカ。やめろ」
こんなに笑ったのは久しぶりだ。


源　光　みなもと　ひかり。
音で聞くと女性に間違われそうな名前だ。イケ面にポンポン飛び出す関西弁はインパクトがある。

「あれ。源さん関西なんでしょう？　丈さんは確かずっと東京で」
「ちゃうねん。実家は都内なんよ。東京っ子・山の手育ちや。大学で関西行って」
「うそ」
「だからエセ関西弁なのさ。大阪とか河内とか兵庫とか。京都も混じってるか」

「４年住んだらすっかりちゃんぽんなってもうて」
「影響されやすいし」
「郷に入りては、や。卒業して東京で就職思うたら今度は大阪の営業に配置になってなぁ」
「またあっちに？」
「せや。家族からブーイングの嵐で参ったわ。俺のせいやないっちゅうねん」
片眉があがって眼鏡の向こうで見事なウィンク。

「でもいずれはこっちへ戻してくれるてことでな」
「６年か」
「思うたより長かったわ。楽しかったけどやっぱお江戸が一番やな」
納得しながらフォークに刺したとろける様な子羊の肉をパクリと口に納める。その仕草もユーモラスに見えるから不思議だ。そこでやっと言葉尻を捉える。


「長かったってことは」
「異動。年明けから本社へ戻るんよ。派手に送別会やってもろうて別れを惜しんできたわ」
「俺までつきあわせやがって」
「やってなぁ。本社のホープ、憧れのカメさんやで？　俺が仲ええ言うたとたん連れてきてて懇願の嵐や。送別会か合コンかわからんようなって損した」
「ウソつけ。女子社員がみんな泣いてたぞ。光の君が行ってしまうーって」
「光の君？」
丈らしくない女性の声色にまた吹き出しながらも美羽が聞く。

「こいつの名字、源だろ。名前が光とくりゃ源氏物語しかないさ。こんな性格のくせに顔も仕事も大阪でピカイチだし。女の子には昔から優しいし。もてもての光源氏だ。なあ」

なるほど。人気は丈といい勝負なんだ。二人を見比べ美羽は自分が置かれた状況に改めて気づいた。
「どした？」
丈に顔をのぞきこまれる。美羽の表情には敏感だ。

「いえ。あたしって今両手に花かなって。贅沢ですねぇ」
「花・・・って」
「花はちぃと無理やないの？」
丈が顔をしかめ光が笑い出す。
「いえ。丈さんはともかく源さんは花でも十分」
「だまされるなよ。こう見えてもこいつ空手と合気道の有段者だ」
「へえ？」
驚く美羽に光がつっこむ。

「よういうわ。じぶんやて剣道と柔道、あわせて何段やの」
「え？そうなの？」
「そうなんよ。能あるタカ・・・ちゃうな。能あるカメは首隠す？」
「防御だけは鉄壁だな、それ」
どうしても漫才がやりたいらしい。美羽は笑うしかない。

「源は見た目よりかなりしたたかで手が早いから。気をつけろよ」
「そらこっちのセリフやん。ウサギ神社の巫女さんとくっついたってウワサすごかったんやで」
丈は呆れた顔で返事もしない。
寝耳に水で美羽はビックリ仰天している。

「ウサギ神社って・・・あたしですか？　なんでそんなことが大阪まで」
「ウサコちゃん結構有名人なんよ。知らんかった？　相談に行きたいわー言うとる女子社員ごっつう多いし」
「まさか」
「それにしてもなぁ。俺はてっきりカメさんのチャレンジゲームかと・・・ぅわ待った！」

丈の鉄拳をナイフを持つ右手でなんとか受け止めた光だが丈は力を緩めない。笑ってても眼が怖い。
「どさくさ紛れに何を言ってる」
「カメさんの悪事の数々？」
「死にたいか」
「たんまたんま。話は最後まで」

傍目には単なる軽口の応酬でも腕と腕の力比べ、互いを潰さんばかりにしている。こっけいさと迫力が半々だ。男同士ってわからない。まるで明後日なことを考えている美羽に光が続ける。

「久々にカメさん会うてびっくりや。半年前は確か秘書さん狙いやったのにいつのまにかウサコちゃんに年貢納め秒読み段階やて。そんならそうと知らせて欲しいわ」
「なんでおまえに」
「あのぉ。年貢年貢って私何も取り立ててませんけど」
「・・・・・・」

双方ガックリ力が抜けたようで腕くらべはお開きとなった。運ばれてきたデザートの可愛いらしさに喜ぶ美羽に隠れ、男たちはまだコソコソやっている。
「天然やったんか」
「回転は速いぞ」
「そらおもろいけど話がこんがらがるんとちゃう？　さっさと言うこと言うて渡すもん渡さな・・・っと」

また地雷を踏んだらしい。デザートナイフを喉元につきつけられて光がさすがにやばいという顔つき。
「かんにん。もう言わん」
「そうしろ」
「丈さんってば。苛めちゃダメですよ。これから仕事場一緒なんだし」
あやすようにたしなめられて丈がしぶしぶナイフを下ろした。光はにっこりする。


「あー美羽ちゃん優しぃなぁ」
「だから名前で呼ぶな」
「カメさんより俺にせえへん？」
「おまえ喧嘩売ってるだろ」
「冗談やって。ほな例の秘書さんで手ぇ打つわ」
「は？」
「秘書さん？」

突然の葵の指名にきょとんとする美羽。疲れ切って眉間をさする丈。光はどっちも意に介さない。
「カメさんがモーションかけとった彼女。じぶんの友達やて？」
「え、は・・・い」
丈が葵を追いかけていたという事実は今更だし、それが交際のきっかけだったけれど。大阪にいた光にこうもはっきり言われるのは嬉しくなかった。これって嫉妬？　思いもかけない感情は呑み込んで頷いたものの顔が強ばる。丈を見られない。

「べっぴんなんやろ」
「ええ。あたしなんかよりよっぽど」
「美羽の方が美人」
おっかぶせて降ってきた断言にふたりは眼をパチクリさせる。
「俺にはね」
ニヤッと笑った彼に光は天を仰ぎ美羽が真っ赤になった。どうしてだろう。丈にはいつも全部ばれてしまう。なのに優しい。


「はいはい。カメさんにはウサコちゃんが一番べっぴん。で社内は秘書さんが一番なんやろ」
「そりゃなんたって葵の上だし」
「葵の上？」
そっちのあだ名までは届いてないらしい。
「日高　葵って名前なんです。知的で美人で頭よくて」
「ついたあだ名が、葵の上」
「ビンゴやん」
「は？」
「俺にぴったし。名前だけならもう夫婦や」

源氏物語を思い出してなるほどと思った。同時に憤慨する葵の顔も浮かぶ。やばいと思うのは丈も同じらしい。

「手に余るんじゃないか。勝手に決めるなよ」
「ものは試しいうやん。ウサコちゃん今度是非紹介して、な？」
「はぁ」
「よっしゃ約束。・・・じゃぼちぼち消えよか」
突然立ちあがった光は会計まで手にしている。

「邪魔したお詫びに俺が奢るわ」
「えっそんな」
「いいのか？」
「ウサコちゃんも拝めたしべっぴんさんのツテももろたし。何より二人の前祝いっちゅうことで」
「っおまえ、だからっ」
「前祝い？」
「カメさんをくれぐれもよろしゅう頼むわな。ほなええお年を」


楽しげに笑って光はそのまま消えてしまった。ぽかんと見送った美羽が丈を見ると信じられないことに。
「丈さん？」
「行くぞ」

口元を手で隠して席を立った丈。その顔は確かに赤かった。えっと、何が。何で？
わけもわからないのに、まるでうつったみたいに美羽も頬が染まった。
手で押さえながらあわてて追いかける。


「カメさん。きばりぃや」
ホテルの外。
霞む星より輝くホテルを見上げ光はまた笑っていた。