チャペルの扉が後ろで閉まった。
流れ出したのは結婚式にしては物悲しい曲だ。
「サウンド・オブ・サイレンス」
意外だが思ったよりも歩きやすい。
腕を組んで一歩、また一歩と進んでいく温。
祭壇の神父の元までもうちょっと。
だがしかし。
閉まったはずの扉がバンと開く音がした。
振り返った温は仰天する。
「美羽?」
なぜ。
どうして。
たったいま、自分と腕を組んで歩いているはずの娘がそこにいる。
眉を吊り上げ眼は怒りにめらめらと。
「ひどいわ、お父さん!」
「僕?」
「あたしを差し置いて丈さんと結婚なんて!」
今なんて言った?
ぐるっと世界が逆転したようだ。
絶句している温の隣、斜め上から叫ぶ声は、まさかの。
「すまない、美羽」
精悍な横顔は男がみてもイケメンか、ってそういう話じゃ。
温にかまわず丈はトンデモ発言を続ける。
「許してくれ。俺はお父さんを愛…」
「まてまてまてーっ、血迷っちゃいかん丈くん一体何を」
「血迷ってません。あなたの頑固な可愛さも突っ込み満載の思考も女性の涙に弱いところも、全てに惚れたんです」
「ばっ、なっ、かっ」
かなり好き勝手に言われているがそれどころじゃない。
心停止、じゃ死んでしまう、 思考停止だ。
逃げようにも組んだ腕ががっちりつかまれている。
ひえ。
「もうあなたのいない人生なんて」
「ひどいわ、あたしを捨てるの?」
「君にはカメがいるじゃないか」
確かに、どういうわけか美羽はリボンでつないだカメをつれている。
犬じゃあるまいに。
「僕はもう決心したんだ。お父さんと結婚する」
「けっ、けっ、けけけ」
「許さないわ」
美羽が取り出し構えたのはロケットランチャーだった。
どこから? どこに隠してたんだ一体?
ドラえもんから四次元ポケットでも借りたのか?
銃刀法違反だぞ、おまわりさんにつかまるじゃないか。
そもそも打ち方知ってるのかおまえは。
エベレストほどに積み重なる父の疑問はそっちのけ。
美羽が放った弾は、チャペルの天井を打ち抜いた。
げげ。
どっかーん!
「危ないっ」
丈が身を挺して温を守ろうとする。
有難いんだか有難くないんだか。
逃げる? 伏せる? 押し倒される? 勘弁してくれ。
パニック状態の温の腕が、ものすごい力で引っ張られた。
その先に美羽。
「逃げるわよ」
「は?」
「こうなったら何が何でも式を阻止よ、走って!」
同意だ同感だ賛同だ。
この式、逃亡だ。
温は娘と手に手を取って式場を逃げ出した。
流れ続けている「サウンド・オブ・サイレンス」
どこかで見たなこの光景。
それどころじゃないが。
「早く、お父さんっ」
「まっ、まてっ、腹がっ、息がっ」
還暦も近い父親になんて仕打ちだ。
「あっつし〜〜っ!」
後ろからの絶叫にぎょっとして足がひっかかった。
あ、転ぶ?
「うわあっ」
転んだと思ったらソファから落ちただけだった。
我が家のリビング。
夕飯のあとでテレビを見ながら眠ってしまったらしい。
「お父さんたらなんだか、うなされてたわよ」
妻の言葉に声もなく笑う温。
娘の挙式のはずが花婿と結婚しそうになって娘に奪還されて。
うなされなきゃおかしいくらいだ。
「ののさん」
「なあに」
「日本じゃ男同士の婚姻は認められないよね」
「……だと思ったけど。いきなりなに? 誰かそういう知り合いがいたの?」
「いやいやいや、ちょっと聞いただけだよ。もう寝よう」
「そのほうがいいわ、顔色悪いわよ」
力ない笑いとともに温は腰をあげた。
疲れた。とにかくものすごく疲れた。
美羽にベタ惚れの丈に時々頭にきていたが、あんな夢を見るくらいなら、とことん娘にくっついてくれるほうがましだ。
あつしなんぞと呼び捨てにして。
今度会ったら父親への敬意を説いて聴かせてやる。
果たしてこの夢は丈にとっては、プラスなのかマイナスだったのか。
結婚式まであと何日?
< Atsushi's Nightmare No.5 / End>
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