チャペルの扉が開いた。
とたんに温は硬直する。

高らかに流れるのはいまや懐かしの映画「ロッキー」のテーマだ。
『エイドリア〜〜ン！』　と叫ぶ姿は涙なくして語れまい。
すばらしい映画だが、だからって。


「こんな難しいテンポで歩けるか！」
「お父さん、難しいのは最初だけよ。ほら、ここからなら」

動じないどころか、妙にわくわくしている娘をまじまじと見下ろす。


「早くってば。早くしないと彼が負けちゃうわ」
「負ける？　誰に」
「ほら」

振り向いた温は仰天した。

祭壇になぜか四角いリング。
許しと博愛の化身であるはずの神父がファイティングポーズをとり、その前に丈がうずくまっている。

懺悔か？
式直前に、神父様に拳固をくらうほどの懺悔があったのか？


「どうなってるんだ」
「あぁもうお父さんたら、ぼうっとしてないで叫ぶのよ」

叫ぶ？
叫ぶとは。

「……エイドリアン、とか？」
「冗談言ってる場合じゃないでしょ」

清楚なウエディング姿は誇らしいほど綺麗だが、父親の感傷などおかまいなし。
こぶしをにぎりしめた美羽は、力のかぎり絶叫した。


『　立てー、たつんだ、丈ー！　』


呆然とする温。

まさかと思うその眼の前で、丈がゆっくりと立ち上がった。
ファイティングポーズをとる勇姿。
観客、じゃない列席者たちは興奮のきわみ。
その先頭で手、じゃなくてブーケを振る美羽。

神父と丈はグラブをあわせ、レフェリーはこともあろうに、ののだ。
手をあげて試合再開？


「うそだろーっ？」




飛び起きた温はベッドの上だった。

「あぁびっくりした。お父さんたら大きな声出して、どうしたの」
「どうしたってどうもこうも、美羽が叫んで神父がボクサーでののさんがレフェリーで」
「はあ？」

眉を寄せる妻にやっと現実が戻ってくる。
それでも確かめずにはいられない。


「……丈くんの苗字は矢吹じゃなかったよね」
「ちょっと」
「ロッキーのテーマはバージンロードに似合わないだろう？」
「お父さんたら！」

朝５時前に寝言でたたき起こされた上、わけのわからない質問だ。
鷹揚でのんきな妻もさすがに怒る。

馬鹿なことばかり考えてるからと説教をくらいつつも、夢でよかったとひとり、胸をなでおろす温だった。



結婚式まであと、何日？






　　　　　　　　　　　　＜　Atsushi's　Nightmare　No.３　/　End＞