扉の向こうから曲が漏れてきた。

「君をのせて」
ジプリのアニメの主題歌。
あまりアニメを見ない温でも聞いたことがある、歩きやすそうな曲だ。

バージンロードへの扉が開き、温は美羽と歩きだす。

あと半分。
あと三歩。


丈の元までたどりついた温は、万感の思いを込めて、美羽の手を丈にゆだねようとした。

「お義父さん」
「丈くん、た」

のむよ、と言いかけた温の言葉は、突然の乱入者に遮られた。


「ちょっと待ったーっ」


待った？　ここで待った？
某テレビ番組で見た気がするが、あれは告白のタイミングだ。

温の眼に丈の狼狽が映った。
まさか元カノとか逆恨みとか、嵐のように想像を巡らせながら振り返る。

予想に反してしかし、開けはなった扉に仁王立ちしているのは、どこかで見たようなゲジゲジ眉毛の男だった。トレンチコートがよれよれだ。

「ルパン、逮捕だー！」
「ルパン？」

思い出した、銭形警部だ。
って、誰が、ルパン？

銭形警部の十手はまっすぐ丈を指している。
まさか。

「なに言ってる、俺はルパンじゃない」
「わしの眼はごまかせんぞ、おまえはルパンだ、おとなしくお縄をちょうだいしろ」
「だから」
「ひどいわ丈さんっ」

そこに美羽が割って入る。
泣きそうなのはあたりまえだ。言ってやれと握りこぶし。

「そうならそうと言ってくれれば」
「美羽？」
「あたし、ルパンの大ファンなのに！」

温はがっくりと膝をつきそうになる。
そこか？
文句はそこなのか、娘よ？


「ルパーン、助けにきたぞ」
「うむ、銭形に先を越されるとは一生の不覚」
「ルパぁ〜ン、素敵な教会ねぇ」

「不二子さんって素敵ですけど、丈さんに触らないでくださいっ」

丈にしなだれかかる不二子に、真正面から抗議する美羽。
アニメのキャラに動じるどころかすっかり馴染んでいる。
先に現れた次元と五右衛門まで加わり、事態はごっちゃごちゃのぐっちゃぐちゃだ。

このままではいかん。
温は決断した。

「美羽、きなさい」
「え？　あ？　きゃーっ」


美羽の手をつかんだ温は、歩いたばかりのバージンロードを全速力でとってかえした。
扉にいまだ仁王立ちしている銭形まで吹っ飛ばして、外へ飛び出す。

「いかん、いかんぞ美羽！」
「おっ、とうさんっ？」

美羽を引きずるようにして、温は何故かそこにあった真っ赤なスポーツカーに乗り込んだ。

「えっ？　えっ？　運転できるの？」
「何を言ってる、僕はゴールド免許だ」

ゴールドは関係ないが、この際主張はしたい。
温にしては電光石火の早業で車は急発進した。


「おっ、とうさん、あぶなっ」
「ルパンだろうとなんだろうと、泥棒に娘をやるわけにはいかんっ」
「ええっ？　でもあのー」

「まて、待ってくれーっ」

美羽の声に重なる叫び声。
後ろから呼ぶのは。


「美羽ーっ」
「丈さーん！」

手を伸ばしあう恋人同士は悲恋の構図だ。
しかし。
温は負けない。


「いいか丈くん、美羽が欲しければさらってみなさいっ」
「お父さんったらむちゃくちゃ」

「わかりました！」
「ほらわかったって、、え？」
声が何故か上からした。見上げて温は仰天する。

いつのまにか丈が空から追いかけてくる。
羽がパタパタ回るあの変な乗り物は、アニメで主人公が乗っていた。

「きゃーっ、フラップター、乗りたいーっ！」


再び娘の絶叫にがっくりしそうになる。
そこか、美羽、そこなのか？

やっぱりののさんの娘だな、どうもずれてる。
大体あんなもの飛ばしていいのか？　取り締まりはどうした。
日本の警察はなにしてるんだ。銭形はどこに行った？

いやいやいやそれどころじゃない。
みるみる近づいた丈はすぐそこだ。凄い風圧。


「丈さぁーん」
「美羽ー、手を」

ハンドル片手に丈が右手を伸ばしてくる。
確かアニメでも見たな、こんな光景、っていかん。
ぼうっとしてる場合じゃ。

「おっとうさん、まえー！」


美羽の声にあわてて見たそこにはパトカーがずらりと並んで。
先頭で銭形がスピーカーで叫んでいる。

「おまえたちは包囲されている、おとなしく止まれ！」


おまえ「たち」？　僕もか？
善良な市民になんたる仕打ち。
そんなことだからルパンをつかまえられないんだ、あんたは！

などと抗議する間もあらばこそ。
あわてた温はハンドルを切り損ね、車は道からそれた。
待ち構えているのは断崖絶壁だったりする。


「うわあああーっ」



どさっっ！
フローリングでしたたかに後頭部を打って温は眼が覚めた。
痛いったらない。

「お父さんたらまたなの」
妻の呆れた声にも答えられない。


夢か、夢だよな。
夢の中だというのに丈に追いつかれるとは。
最初から銭形のとっつぁんに加勢して逮捕してやればよかった。

ルパンだ？　ルパンか。子供の頃は憧れたんだがなぁ。
泥棒じゃなくて、怪盗の方なら考えてやったのに。
泥棒はいかん、いかんぞ。

あぁ頭が痛い。
こぶができたんじゃないだろうか。


わけのわからないのが夢とはいえ、わけがわからなすぎる夢に、後頭部とは別の頭痛を温は覚えていた。



結婚式まであと何日？





　　　　　　　　　　　　＜　Atsushi's　Nightmare　No.２　/　End＞