赤と緑を見ると、クリスマスだと思う。
どうしてかしら。

商店街の真ん中で立ち止まった美羽は、首を傾げた。
三歩先で振り返った丈も、首を傾げている。


ハロウィンが終わると入れ替わりにクリスマスソングが流れるのが日本だ。宗教の教義に悩むことなく商売に燃える。そういう貪欲さと潔さを嫌いじゃないのは、美羽もまた無宗教の日本人だからかもしれない。

１２月に入ると年の瀬の気分も加わる。クリスマスとお正月が入り乱れて迫ってくるみたいな。歩くだけで飛び込んでくるサンタとキリスト、十二支と七福神。クロスオーバーってこういうことねと思わず笑ってしまう。


今日の二人の目的はお歳暮だった。昔はもっと大変だったのよと母や義母は言う。そのとおりかもしれないが、比べる昔を知らない。美羽にとって肝心なのは、初めて二人で贈るというその事実だ。

緊張しながら美羽は作戦を立てた。贈るべき人を互いにリストアップし、照合し、取捨選択する。利用する店を検討し、カタログを取り寄せインターネットも駆使して、品物を吟味する。様子を見ていた丈に感心された。

「すごいな。美羽はリサーチ力に分析力まで」
「からかってます？」
「評価してるんだ。俺はいつも直感でいくから」

それも悪くないと思うけど、結婚して初めてのお歳暮だ。
良くも悪くも印象に残りそうだし。

「気合いを入れなきゃ」
「異議はないさ」
くすくすと丈が笑った。


結婚して半年で、結婚する前以上にたくさんの彼を知った。困った顔や考える顔、したり顔や驚いた顔。でも一番多いのは笑顔のバリエーションだ。

それっていいことよねと思う。長い長い人生の、最初の半年に笑顔が多いのは嬉しい。だからってそれ以外も拒んだりしない。

私たちは聖人じゃないから、笑顔ばかりじゃいられない。怒ることも苦しむことも悲しむことも、これからたくさんあるだろう。怒りや苦しみや悲しみがなければ、許しも楽しみも喜びもないのだから。

美羽はふと、空を見上げた。この頃、明石を思い出すことが減った。前はあんなに意識にあったのに。良いことなのかしら、それとも？


やってきた商店街はたくさんの人で込み合っていた。その中に混じる楽しさ。空の彼方から見れば豆粒のようでも、そのひとりひとり、それぞれが無限の喜びを内に抱えられる。

人であることが、奇跡のひとつなのかもしれない。


「シクラメンってクリスマスっぽくないですか？」
「どの辺が」
「緑と赤の色が」
「よし、買っていこう」

打てば響くような答えが好き。
声が好き。
彼が、好き。

丈とここにいる。
それもまた、一つの奇跡だろうか。


シクラメンを抱えた反対の手が美羽に伸ばされる。
握りあう手。
聖夜を待つ街を、美羽は丈と笑って歩いていく。


空の彼方から手紙のように、白いものがひらり、舞った。





　　　　　　　　　　　　　＜　town　waiting for holy night 　／　end　＞