「Truble　Vacation」　７．Last night of resort　－星の海

「Truble　Vacation　２×２」　７．Last night of resort　－星の海－

港に着いた後。
ワゴン車でクラブまで戻り、シャワーを浴びさせてもらって着替えて。
あたると天羽はとりあえずそこで、香夜と透と別れた。
香夜はいつもの調子で、誘いをかけてきたけど。

「これから市内へ行くの。どう？」
「悪いけど。帰らないと酒も飲めないし。」天羽らしい台詞。
「香夜。いい加減に二人にしてあげないと、マジで蹴られるよ。」
透が笑いながら言う。

「それに僕も二人になりたいし。」
「と・・・おるっ？」
思いがけない台詞に、香夜は目を丸くして。瞬間真っ赤になった。
あたると天羽がびっくりしてる。

「香夜さん？」
「へえー・・・可愛いとこあるじゃん。」
天羽がクスクス笑うから、口をへの字に曲げて。でも赤い顔のままだ。
「ま、そういうことだな。ここで別れよう。」

「・・・あなたたち、明日帰るのよね？」
「ええ。午後の便。」
「午前中は？」
「たぶんビーチとか、買い物かな。」顔を見合わせながら答える。

「じゃ朝食、一緒に取らない？　最後に。」
「俺たち、ホテルのバイキングだけど？」疑わしそうな顔の天羽。
「いいわよ。」
「なら。」

「あの、今日の費用ってほんとにいいんですか？」
おずおずとあたるが聞いた。だってどう考えても凄い贅沢。
「そう言う約束じゃない。第一、助けてもらったのはあたしたちだもの。ね？」
透も頷く。

「気にしなくていいよ・・・っていっても、
　ここは香夜におんぶだけどね。僕も。」
「何言ってるんだか。透の実家はね、不動産の大手なの。
　末っ子の三男坊だけど。」
「・・・はぁ・・。」

どうも生活レベルが違う。
天羽に視線を走らせたが、こっちも肩をすくめるだけ。
「じゃお言葉に甘えるから。サンキュ。」
「ええ。明日ね。」
それでやっと、二人は車に乗り込み、ホテルへ向かった。
ハンドルは天羽が握っている。

「疲れたならあたし代わるよ。」
「おまえ、道覚えてる？」
「大体・・・ナビしてくれれば。」
「運転してないと寝そうだ。」

「ちょ、ちょっと。運転しながら寝ないでよ？」
「だから、運転してれば寝ない。おまえもしゃべってろよ。」
「うん。船で寝たから平気。」

「それにしても、ハイソなカップルだな、ありゃ。」
「金銭感覚、違うかもね。無茶苦茶ってわけでもなさそうだけど。」
「結局得したのかもな。こっちが。」
「そうかも。楽しかったし。」

「疲れたろ。」
「そりゃね。初めてだらけで緊張したし。でも綺麗だった。」
「天気も良かったしな。」
「ライセンスって難しいの？」

「ダイビングはあくまでも、個々の団体が出してるんだ。
　でも大体どこのも通じる。海外でも。」
「ふーん。」
「難しいってんじゃないな。興味出たのか？」
「うん。」

「なら又行こう。ゆっくりやればそんなに難しいものじゃない。
　・・・ヒマがあればな。おまえ、今年も資格試験の準備してるだろ。」
「・・うっ・・・そうよね。そっちが先よね。」
「ウサギをあんまり増やしても逃げられるぞ。
　とっかかりはついたし。あわてるなって。」
「一緒に潜りたいんだもん。」
あたるの言葉に、チラッと視線を流して天羽が笑った。

「潜ったじゃん、一緒に。」
あたるが見返す。
「おまえ、すっげぇ嬉しそうな顔するから。」
「え？　あ、だって・・・嬉しかったんだもん。」

もごもごと小声になる。
天羽は手を伸ばすと、あたるの肩を抱き寄せた。
ドキッとしながら、逆らわずによりかからせる体。
もたせる頭。
フロントガラスの向こうは星空。ムード満点？　だが。

「・・・腹へったなぁ。夕飯食べていくか？」
色気のない話題だ。
「・・・どっかにソーキそばないかな？」
受けて立つのはあたるだからかも。

「ソーキそば？」
「沖縄といえば、ソーキそばでしょ。」
「そうだっけ？」
色気よりも食い気が先の二人。
夕飯を食べる場所を探しつつ、車はホテル方向へスピードを上げた。

なんとか見つけた店はどう見ても居酒屋風だったが、この際構わず。
ソーキそばやららふてぃやら、海ぶどうやら。
いわゆる沖縄らしい食を堪能して。
ビールが飲めないのが唯一の不足だったものの、しょうがない。

とりあえず腹は満たされた二人が、
車からホテルに帰り着いたのは１０時近かった。
降りたって見上げる空は星で一杯だ。吸い込まれそうになる。
「あたる」
トランクから荷物を出して、天羽が呼んでいる。
「うん。」
返事をしてから又見上げる。その空ー。

シャワーは天羽が先だった。まだ体が少しべとつく気がする。
「おまえ長いからなー。」
というわけで、さっさと汗も流して、あたると入れ替わる。
「中で寝るなよ。」
「寝ないよ。」

やっと喉を潤せるのが嬉しい。せっかくだから泡盛にしたが。
結構強いな、やっぱり。
でもうまい。腹と喉に染みわたる。

ものすごく濃密な１日だった。
旅行が思い出を作るものなら、今回の旅行はレベルＡかも。
昨日からのめまぐるしい展開を思い出しながら、傾ける酒。
泡盛が空いて珊瑚地ビールになった頃、やっとあたるが出てきた。
確かに長風呂だ。

「もう飲んでる。」
濡れた髪をガシガシ拭く。
ノースリーブのワンピースは黄色と赤のチェック。
近寄りながら窓に眼をやって。
「ーあ。」

急に向きを変えると、ベランダに出て行った。
忙しい奴だな。
どうやらそのまま外を見てるらしい。天羽も腰を上げた。

クーラーの効いている室内とは違って、外はやっぱり気温が高い。
あたるはベランダの手すりに張り付いている。
このホテルは全部屋ビーチに面していて、すぐ海が見渡せる。

夜は当然暗いけれど。
晴れているせいか、海が光を放っている。月を？　星を？
寄せては返す波に合わせるように、
揺れる光はそれ自体星のようでもある。
星の海ー。

「・・海の底って空みたいだったね。」
天羽の隣でつぶやくあたる。
「すぐバランス崩しちゃって、
　一瞬どっちが上かわからなくなったりしてたよ。」
「慣れないとそうだろ。」

「見上げたら水面で光が煌めいてて、そこが空みたいだった。」
髪を拭いていたタオルを肩にかけたまま。
「今は・・・海に星が落ちてるみたい。綺麗。」
「・・・そうだな。綺麗だ。」

天羽の返事にこっちを見て。
それからポッカリ笑顔が浮かぶ。　・・・デ・ジャ・ヴか？

「どした？」
「ううん。嬉しいなって。」
「何が。」
「返事が。」

「何で？」
「・・・一緒に見てるんだなって。」
要領を得ない顔の天羽に、海へと眼を戻しながら付け加える。
「今日ね、潜って見た景色はどれもすごくきれいだった。
　でも見るたびに。見てる間中ずっとね、
　一緒に見たいって思ってたから。」

『ずっと周りを気にしててー何か探してる感じだったんです。』
『何だろうって思ってたら・・・あなたでした。』

透の言葉と共に、浮かんだあたるの笑顔。
あの、自分を見つけた時の。それが・デ・ジャ・ヴ－。

「だから。今は一緒に見られて嬉しいなって。」
繰り返したとたん、組んだ腕が降ってきた。
後ろからギュッと抱きしめられる。

「ーんなに人を喜ばせてどうする。」
「へ？」
「覚悟しろよ。昨日の分もツケになってるぞ。」
「は？　よ、良之？」
「いろいろ予定外が多かったからなーっと。」

「あ、あの。明日、朝食約束してるからね？」
「・・・そういやそうだっけ。」
「そう！」
「だから？」
「・・っ・・・だ・・から・・その・・・？」

どこかたらりと冷や汗をたらしつつ、ちっともゆるまない腕に焦りつつ。
でも嬉しいのもごまかせないし。
「ま、あとは成り行きってことで。」
「良之ってば。」
「何。文句あるの？」

ゾクリ。耳にかかる息。
囁かれると、急速に体の力が抜けていく。
「・・な・・・い・・・」
見上げかけた顎が固定されて。ゆっくり近づいた唇を重ねる。
それが旅行に来て、初めてのキスだった。
幾度も角度を変えながら深まっていく。

苦しくなって息を求めるあたるの、瞼の裏に映るのは星の海。
沈んでいく自分が昼間のダイビングと重なっても。
あなたと一緒なら。
怖くない－。

その夜。
二人が潜った海は、果てしなく深かった－－。