「Truble　Vacation」　５．morning　drive　－海へ

「Truble　Vacation　２×２」　５．morning　drive　－海へ－

「おはよう。」
ロビーで待っていたあたると天羽。声をかけてきた香夜は上機嫌だった。
その後ろから透が会釈する。穏やかな表情。
対するあたると天羽は微妙。
天羽の機嫌は相変わらずで、ろくに会話ができてないのだ。

「あなた達も車だったでしょ。」
「・・・ああ。」
「じゃあせっかく今日１日一緒なんだから、
　お互いを知るためにも海まで相手を取り替えない？」
天羽が眉根を寄せる。

「透とあたるさん。あたしとあなた。
　特にこっちの二人はシュノーケルで一緒になるから、
　少しはコミュニケーション取っておいた方が楽でしょ。」
あたるの眼はパチクリ。
天羽はギョロリと透を見るが、今朝の透は微笑むだけ。

「いいでしょ？　決まり。じゃあたるさんは透と車にね。」
「・・・レンタカーだぞ。」
「別に動けばいいわよ。ほら。」

あっさり天羽の腕を取る。
その仕草にあたるの胸がズキンとする。
背の高い彼女は天羽と並ぶと釣り合いがとれていて。
大人のカップルに見える。

「・・・あたるさん？」
名前を呼ばれてふりかえると、透の微妙な表情。
するとこっちが申し訳ない気になる。
言い出したのは彼女でも、承知したのはあたしだから。

「おはようございます。よろしくお願いします。」
最敬礼の体育会系挨拶に、透が思わず笑いを漏らす。
「こちらこそ。香夜の勝手につきあわせて。」
「いえ。」
「彼氏・・・怒ってるんじゃない？」

昨日も思ったけど、人の心に敏感な人だ。
ごまかしようがなくて困る。
「だよね。ほんと、迷惑かけて。」
ここで気にされてもしょうがない。あたるは切り替える。

「行きましょう。二人がみえなくなっちゃう。」
その笑顔に、透もやっとうなずいた。
「ですね。遅れると香夜に怒られる。」
笑顔を見交わした二人は、車へ向かった。

真夏の太陽はとっくに昇っている。
元々気温はかなり高い沖縄。朝早いこの時間で東京の日中並みだ。
だが上天気の空の下、とばしていく車の助手席は快適でいい気分。

「あたるさんも免許はあるんだ？」
「はい。今年の３月にとったばかりなんですけどね。」
「３月？」
「でも仕事で結構乗ってるから。」

「仕事は何を？」
「インテリアショップに勤めてるんです。外国メーカーのアンテナショップ。」
「へえ。英会話とか？」
「全然。店長の猫の手くらいしか、役に立ってないんですよ。」
右手をにゃあとばかりに曲げてみせると、透が吹き出した。

「おもしろいね、あたるさんって。」
「そうですか？」
「うん。いくつ？」
「今年２５です。」
「・・・げ、同い年・・・」
「ーーは？」

一瞬顔を見合わせたふたり。透はあわてて前を向いたが。
「うそー、もっと年上かと。」
「俺も年下かと。」
沈黙のあと、又吹き出している二人。ああ、この人いいな。

「香夜さんのほうがずっと年上だとは思ったんですけど。」
「あいつはじき３０。」
「やっぱり。」
納得してるあたるに。

「・・・あのさ、聞いてもいいかな。
　３０になるってのは、女性にとってやっぱりすごく問題あるわけ？」
「・・・え？　・・っと？」
質問の意味がよくわからずに、あたるは再びきょとんと首を傾げた。

一方、天羽の運転で走る車はえらく静か？
香夜はやたらとしゃべるものの、返ってくる答えはぶつ切りだ。
会話は成り立ってない。
話しかけてはブツ、というのを繰り返して、とうとう香夜が文句を言う。

「あなたねぇ、いくらなんでももうちょっと愛想良くならないの？」
「俺はいつも愛想悪くないぜ。」
「嘘。めちゃくちゃ悪いじゃない、今現在！」
「これは機嫌が悪いんだ。はっきりとあんたに向かって。」

ハンドルを握ってから一度も見なかった香夜の顔を、その瞬間じろっと睨む。
香夜がうっと詰まった。
「・・・迷惑だった・・・わよね。」
「聞くも愚かだな。分かり切ってる。」
「やっぱり愛想ないわ。」
「どっちでもいい。」

左手にはさんだ煙草をプカッと吸うと、灰皿に押しつける。
その仕草さえ苛立ちがわかる。
「悪かったと思ってるわ。でも、彼女がいいって言うから。」
「あいつは俺の百万倍お人好しのおせっかいなんだ。ほとんど天然記念物。」
いないからってずいぶんな言われようだ。

「ほんとにごめんなさい。どうしても透にシュノーケルさせたかったの。
　一人じゃ絶対やらなさそうで。」
「なんでさ。あんたの足を気にしてそばにいるって言ってるんだろ？
　優しい彼氏じゃん。甘えればいい。」

「・・・彼、海は苦手なのよ。ほんとは。」
香夜が沈んだ声でつぶやく。
「あたしが無理に連れてきたの。一緒に潜ろうって。
　なのに怪我しちゃって。それも自分の不注意。これで終わるのは嫌なのよ。」

「別に今日でなくたって、結婚するんだろ？
　この先チャンスはいくらでもあるだろうに。」
天羽の言葉にしかし、香夜は答えず。
「あたしだって一緒に潜りたかったわ。・・・せめて楽しいって思ってくれなきゃ。」
うつむいた香夜を横目で見て、天羽は肩をすくめた。

「・・・心配無用。あいつが一緒で楽しめないわけないから。」
香夜が顔を上げる。
ハンドルを握ってる彼の視線は、前を向いたままだが。
「あいつはそういうところも俺の百万倍うまい。まちがいなく。」
断言する天羽の横顔に目を見張って、香夜が笑った。

「それってのろけなの？」
「事実だ。」
「彼女、大事なのね。」
「・・・あんたほどじゃないだろ。」

「ずいぶん年が離れてるでしょ？　あなたたち。いくつ違うの？」
聞かれて考える。えっと？
「・・・８？　９か？」
「考えなきゃならないこと？」
「あんまり意識してないからな。」

「それって、男の方が年上だからよね、きっと。」
「何？」
「女が年上だとね、その差を忘れる事ってまずないわよ。」
香夜の口調に滲む苦さ。

「そっか？」
「年上とつきあったことは？」
「ある。一つだけ上。」
「ほんと？　意外ね、どうだった？・・・聞くまでもないわね。
　今彼女がいるんだから。」

「年でやめたわけじゃない。」
「そう？」
「ずいぶんこだわるな。彼氏が年下なのが嫌なのか？」
「そんなことないわ。彼に文句なんてない。あるのはあっちよ・・・きっと。」

自信満々なタイプだと思ってたのに。えらくさっきから弱気だな。
それこそ意外・・・・これをあたるが気にしたわけか。
ほんと、他人のこういうところに敏感すぎる。あいつは。
胸の中で天羽は舌打ちした。

「何年つきあってるんだ？」
初めての天羽からの言葉。
「・・・１年ちょっと。」
「婚約したってことは、ちゃんとプロポーズもされたんだろ。」
「ええ。」
「一体何がそんなに不安なわけ？」
天羽の言葉に、香夜が驚いて見返した。

「・・・不安？」
「違うのか？」
「ーううん。そうね、そうだわ。あたし不安なのね。あたしじゃー駄目な気がして。」
それっきり香夜は黙りこくった。
天羽も口を閉じて、車ばかりが先へ急いでいく。

「ー３０になることが、ですか？」
あたるが不思議そうな顔で透に問い返す。
「うん。やっぱり大問題？」
「・・・どうだろ。まだなってないから。」思案顔のあたる。
「じゃあさ、なりたくないと思う？」
その質問も予想外で、考え込む。

「あたしは別に、嫌じゃないですけど。今のところは。」
「そう？」
「ええ。あー、そう言えばＯＬしてた頃、３０は大台だ、なんて話はしてましたね。」
「大台・・・ね。」

「まだ就職してすぐで、３０がものすごく先にみえたし。」
「それはあるね。」
「でも、それで言ったら２５だって、お肌の曲がり角とかで嫌だって言ったような。」
「あたるさんは曲がってないよ。」
あっさり言われて顔を見る。

「肌年齢、まだかなり若いね。」
その言い方に違和感があって、ちょっと退く。
「あ、ごめん。変な意味じゃないんだ。僕、仕事が化粧品メーカーの研究職でさ。」
「え？」
「仕事柄、女性の肌とかメイク、化粧品にやたら詳しい。」
「はぁー、それで。」納得する。

「香夜ってさ、あれでベースしか塗ってないんだよね。」
「そうなんですか？　凄く綺麗。」
「うん、すっぴんはさらに。塗りたくらないほうがね。あんまり日焼けもしないし。」
「えー、羨ましい。」
「そんじょそこらの若い奴よりよっぽど綺麗だよ。」
力説する透に、あたるが忍び笑い。

「・・え？」
「透さん、好きなんですね。香夜さん。」
「そりゃまぁ。でなきゃ結婚しないさ。」
「大事にしてるって感じです。」
「・・・でもね、どうなんだろ。香夜はもしかしたら物足りないのかも。」
「え？」

「旅行に来る前からどうも変でね。機嫌があがったり下がったり。
　二人の時は元からわがままではあったけど、
　昨日みたいに周りを巻き込んだりはしなかったのに。
　どうかしてる。理由を聞いてもはっきり言わないし。」
ため息になる透だ。

「やっぱり５つも年下ってのは、頼りないかな。」
「でも、透さんは香夜さんが一番なんでしょ？」
「もちろん。」
あたるの問いに返る即答。

「なら、大丈夫ですよ、きっと。」
「だといいけど。ああ悪いね、こんな話。なんだか身の上相談してるみたいだ。」
「いえ。聞いてるだけだから。」
「あたるさんも不思議なタイプだね。同い年かと思うと年下にも、年上にもみえる。」

「えー、そう？」
「うん。彼氏、だいぶ年上でしょ？」
「一回り近く。」
「大変じゃない？」

「・・どうかな。あたしがガキっぽいのは自覚してるけど。
　背伸びしてもしょうがないし。」
「ふーん。」
「彼もね、下手するとあたしよりガキっぽかったりするから。」
ちょっと顔を赤くしたあたるに、透が微笑む。

「つきあってどれくらい？」
「１年・・半。」
「僕たちと似たようなものかな。」
「へえ？」

「でもなんか、僕らよりよっぽどわかってる感じだ。お互いの事。」
「うーーん。・・・いろいろあったから。」
あたるの声が急に大人びたので、透がその顔を見る。
「でも、みんなそうですよ、きっと。時間と共に。」

その笑顔がなんだか深くて。
見た目よりもずっと大人なのかなと、ふと思った透。

道の向こうに目的地が近づいていた。