「Truble　Vacation」　４．Hotel's　Night　－再会

「Truble　Vacation　２×２」　４．Hotel's　Night　－再会－

帰りは天羽が運転してくれた。
「せっかく買ったんだから、壊さないよう持ってろよ。」

あたるが後生大事に膝に抱えていたのは、
ガラス工房で買ったタンブラー。
琉球ガラスと呼ばれるらしいその美しい色合いが、
あたるはすぐ気に入って。早速買い込んだわけだった。
タンブラーを２個ずつ二組。

「なんで二組？」
「建さんと華代さんに。いいでしょ。」
「あ、なるほど。いいかも。建さんの洋酒に合うな。」
「すぐ酒にするー。」
「当然。」
お土産を選ぶのも、旅の楽しみである。

「佳織さんに何にしようかなぁ。
　あ、良介くんたちにも何か買って行くでしょ？」
「お面なんていいかも。」
「えー、あの不気味なの？　怖いって。」

香夜と透というトラブルはあったものの、総じて面白かったと思いつつ、
ホテルに帰り着いたら・・・おなかがすいた。
あたりまえ。

着いて即出かけたわけで、それなりに疲れていたので、
夕食はホテル内のレストランで取ることにした。
結構込んでいる。
８時に予約を入れた。

部屋でシャワーを浴びたら、軽く一眠りになった。
あたるの後からシャワーを使った天羽が出てみると、
すでにあたるはぐっすり。
くっと笑って。まったく猫と同じだな。

伸ばしっぱなしの髪が背に散らばり、
ベッドカバーに広がって薄明るく光をためる。
「おまえねー・・ほんと、肩すかしが絶妙だって。」
苦情とも苦笑ともつかぬ台詞は、聞こえるわけもない。

指先が髪を梳くと気配を感じるのか、天羽の方へすり寄ってくる。
「やれやれ。」
あきらめると、一緒に転がって抱え込んだ。

そんなに深く眠るつもりもなかったのに。
相変わらずの睡眠薬は効き目がありすぎたのか、気づくと・・・８時半。
「・・・げ。あたる、起きろっ。」
「・・ふえ・・？・・あ、あれ？」

あわてて予約を入れたレストランに行ってみたのだが。
「申し訳ありません。時間においでにならないので。
　ご確認のお電話も差し上げたのですが。」
どうやら聞き逃したらしく、すでに取り消されてしまっていて。
生憎今夜は混んでいて、空くのにしばらくかかりそうで。

「・・参ったな。」
「ごめんね、あたしが寝ちゃったから。」
「おまえのせいじゃないさ。他、探すか。」
顔を見合わせて思案していたそこに。
「あらー？　あなたたち・・。」

その声に、嫌な予感がしたのは天羽。
「あー？」
ふりかえるとそこには、昼間玉泉洞で逢った二人、香夜と透。
こんなところで？

「あなたたちもこのホテルだったの？」
昼間より一段とゴージャスな雰囲気の香夜。
足首の包帯がそれだけに不釣り合いで、目を引く。
「え・・・え。じゃお二人も？」
眼を白黒させて見比べるあたるに、透が微笑む。

「同じホテルとはね。・・・で、どうかしたんですか？」
「いや、ちょっとミスって予約がね。」
「とれなかったの？　そうね。混んでるわね。・・・透。」
「そうだな。」
透はレストランの受付に向かった。香夜が二人を誘う。

「良かったら私たちとご一緒しない？　今から食事するつもりだったのよ。」
「いや、それは。」
「夕方、団体が着いてるからこの時間はどこも一杯よ。」
「でも。」

「これも縁ってこと。透、どう？」
戻ってきた透がうなずく。
「昼間の御礼です。個室なんで気にしなくていいし。」
個室・・・はぁ。

天羽とあたるは再び顔を見合わせたが、
そこであたるのおなかが素直に鳴った。
ぐ～～～っ・・・。

「きゃっ・・・あっ・・えっと・・。」
香夜と透が思わず笑いだし、あたるは真っ赤。
天羽も諦めて肩をすくめた。
「・・・じゃ、お言葉に甘えるか。」

この二人ってずっと個室なのかな。
かなり豪華なレストランのさらに奥まった個室で、
あたるは少し緊張しながら。
透と香夜の慣れた様子に、そんなことを想像する。

現れる食事も給仕も、まるで専属のようで、目を丸くするばかり。
天羽も心中は似たような物だろうが、そこはポーカーフェイス。
表には出さないまま。
「じゃあ、おふたりは婚約者ってことですか？」

どちらかといえば話すのは香夜とあたるで、
天羽も透も相づちを打つくらい。
「ええ、一応ね。」
「一応って？」

「だってほら、式をあげるまで何があるかわからないし。」
「香夜。」
透がたしなめるように眉を上げる。
「・・・あたしはわがままな女王様だから、彼は手を焼いてるのよ。」
「そりゃ確かだな。」

ボソッと肯定する天羽に、一瞬３人の手が止まる。
あたるは焦り、透は眼を見開き、
香夜は浮かびかけた不機嫌そうな顔をすぐ笑いに変えた。
「あはっ、あなたって面白いわね。思った通りだわ。」
「そりゃどうも。」

「やっぱりあたしはわがままに見える？」
「俺は男だからね。どうしたって彼氏に同情するさ。」
「でも彼は望んであたしのそばにいるのよ。」
「望んでわがままを言われたいわけじゃないだろ。」
会話なのかケンカなのか。
あたるはハラハラして天羽を止めるため話題を変える。

「あ、あの。香夜さんの足は？　お医者様に見てもらったんですか？」
なんとか歩いてるようだから、平気なのかと思ったのだが。
あたるの問いに、香夜の表情が曇った。
「大丈夫・・・なんだけど、思ったよりはね。」

下がったトーンにあわてる。まずい事聞いたかな。
「あ、あの・・。」
あたるの様子に、透が助け船を出す。
「香夜。気にするなって。」

「だって。それを一番楽しみにしてたの。あなたが潜るのを。」
「僕一人じゃね。」
「インストラクターをお願いしてあるのよ。」
「いいって。」
「透ー。」
「シュノーケルされるんですか？」

あたるが会話の糸口をつかんで飛び込む。何も考えず。
「明日、あたし達もやる予定なんですよ。」
あたるの言葉に、香夜がパッと振り向いた。
その瞳の強さに思わず退く。天羽も驚いている。

え？

「あなた達、明日シュノーケリングの予定なの？」
「えっ・・は・・い・・」
「初めて？」
「あ、あたしは初めてで・・・。」

「あなたは？」
「俺はライセンス持ってる。今回はこいつにつきあうけど。」
言葉少なに説明する天羽に、あたるが驚く。
ライセンス？　そうだったんだー。

そこに。昼間のデジャ・ヴのごとく、香夜が言った。
「ね、お願い！　明日もあたし達につきあって！」
「・・・え？　ええ？」
「おい。」
「香夜！」

今日は一体何度、この人に驚かされるんだかーー。
あたると天羽がそれぞれ思ったこと。
「君はまた、そんな勝手を！」
透の遮る言葉は聞いていない。

「言ったでしょ。透は沖縄もダイビングも初めてなの。
　あたしはライセンス持ってるけど。あなた同様。」
言いながら天羽を見る香夜に、あたるが何故か不安になる。
「だから彼につきあうつもりだったのよ、明日は。
　けどこの足じゃ危ないから・・。」

あ、そうか。
確か足ひれとかもつけるし、足首ひねったんじゃ・・・。
「無理する事ない。君が怪我してないときに。」
「それじゃあたしが嫌なの！」
香夜の強い口調に透が黙る。

「あたるさんも来てくれるなら、インストラクターは手配済みなの。
　船はチャーターしてるし。器材もそろえるし。」
すごい話だ。

「そうすれば、初心者の二人はインストラクターが教えてくれるから。
　あなたは。」
天羽に再び視線を移す。
「自由に潜れるわよ。パディも組めるわ。悪い話じゃないでしょ？」

あたるが心を動かされたのは、この香夜の言葉だった。
海には慣れてると思っていたが、
天羽がダイビングのライセンスまで持ってるなんて、思っていなくて。
もしそうなら沖縄まで来て、初心者の自分につきあわせるだけなんて、
申し訳ない気がした。

器材と船があって、彼が自由に潜れるんだったら。
あたしもインストラクターについて習えるなら？
だが。あたるが口を開く前に。

「駄目だ。」
「バカ言うな。」
男性二人が同時に異議を唱える。
透が香夜に言う。

「いい加減にしろよ。初めて逢った二人に昼間も散々迷惑かけたのに。
　この上、せっかくのお二人の休暇を俺たちで振り回すなんて。
　失礼だろ。」
「俺がこいつにつきあうのは俺の意志だ。大きなお世話。
　人の予定を勝手に決めるな。」
どっちも少々沸騰気味で、さすがの香夜がたじろぐ。

「・・だって・・そうすれば透はシュノーケルできるし、
　独りじゃなくて相手もできるし。あたしが駄目でも。」
「自分たちの都合で二人を引っ張り回すんだよ？」
「それはそう・・だけど・・・。
　どのみち二人も明日、ダイビングのつもりだったんでしょ？
　費用はもちろんいらないから・・。」
「金の話なんてしてねえだろっ。」

どんどんこじれていく話を呆然と見ながら、
あたるは何故か香夜が気になっていた。

たぶん、透よりも年上の彼女。それこそいかにも女王様。
美人で雰囲気あるし見事なプロポーションはため息が出そう。
そんな彼女の瞳はしかし、逢ってからずっとどこか不安げで切なげで。
不似合いな弱々しさをちらつかせる。
言葉や態度とは裏腹に。それがなんだかー。

「ともかく、あんまり他人を巻き込むなよな。」
天羽が強く言い切って、香夜が黙り込んだ時。
「・・良之って。いいじゃない。せっかく旅先で縁があるんだから。
　それも・・面白いかもしれないでしょ。」

やっぱりあたしってお人好し？
パッと振り向いた香夜のすがるような眼と、驚いている透と。
それから、怒り半分の天羽。
三者三様の視線を浴びつつ、あたるは密かに自分に突っ込んだ。

部屋へ帰り着くまで二人は無言。ーー怒ってるなぁ。
あたるは困ってる。

結局あたるの言葉に勢いを得た香夜は、男性陣を口説き落とした。
双方とも男性が女性に弱いカップルだったらしい。
「ほんとにいいのか？」
「う・・ん。」
天羽の鋭い目に、今更翻す事も出来ず頷いたあたる。

「ありがとう！　もちろん費用等いっさいいらないから。
　そっちが明日予約したのもキャンセルしておく。どこの企画？」
テキパキと必要事項を聞き出して。
「じゃ明日。６時半にロビーで。」

透は仕方ないという風に、二人に改めて頭を下げた。
「申し訳ないが、よろしく。」
夕食代もいらないと言われたが、そこまでしてもらう義理はないからと、
その分は無理に払って、部屋へ戻ってきたわけだったが。

天羽は冷蔵庫を開けると、缶ビールを取り出した。
グイッとあけると飲み干してしまう。それがいかにも不機嫌。
「・・なんであんなこと言ったんだ？」
ベッドに座ったあたるが、おずおずと上目遣いに見上げる。

「まずかった・・・かな。」
「まずくないわけ？」
問い返されても弱る。きつい目つき。

「今日あったばっかりの、あんなわけわかんない奴のわがままに、
　つきあおうって方がおかしくないか？」
そう言われたらそのとおり。
「なんでだよ。」

説明はしづらかった。天羽の方が正論だ。あたるだってわかってる。
見ず知らずの、こっちが助けてあげた彼女に、
そこまでしてあげる義理も理由もない。
ないのだけどー。

「眼が・・。」
「は？」
「あの人、香夜さん。わがまま言ってるのは確かだけど。
　眼がね、なんか哀しそうで。」
こんなの理由になるのかな。
「それに。婚約者同士で式も近いらしいのに、
　なんか彼から離れようとしてて。でも彼の事は好きらしくて。」

好きなんだ。それはわかった。
自分のために、彼の希望が叶えられない悔しさ。
かなえてあげられるかも知れないと思った瞬間の、瞳の輝き。
でも。ならどうしてあんなに切ない色なのかな。

「だから。」
「おまえね、それってものすごい・・・おせっかいじゃねえ？」
鋭い一言にビクッとする。

「それは全部、おまえが思った事で、
　本当にそうなのかどうかもわからないし。
　もし本当だったとしても、それはふたりの問題で、
　逢ったばかりの俺たちにどうこう出来る物じゃないだろ。」
返す言葉もない。そのとおり。

「でも、どうせ明日はダイビングするつもりだったわけでしょ。
　そしたら同じじゃん。ツアーで一緒になったと思えば。
　同じ初心者の人と習えるならあたしも心強いし。」
「ふ・・・ん。俺がつきあってやるより？」
天羽の目がさらにねじくれた気がして、あわてた。

「そう言う意味じゃないよ。わかってるくせに。」
「どうだかな。何しろ美形だし？」
「良之！」
「疲れた。明日また早いし。先に寝る。」

会話をぶった切るように、天羽はベッドで毛布をかぶると、背を向けた。
怒っちゃった。完全に。
やっぱりまずかった？
そうだよね。ふたりで来た旅行で、何を好きこのんで他の人と？

でも。
どうしても気になっちゃったんだもん。おせっかいだけど。
それに。

窓からのぞく夜空は、綺麗に晴れていて明日もきっと上天気。
海も綺麗だろう。
潜るのが好きな天羽を思うと、
せっかく来た沖縄で自由に潜らせてあげたかった。

小さくため息をついたあたる。
灯りを消して毛布に潜ると隣をみつめた。
こっちを向かないその強ばった背中を。