「Truble　Vacation」　３．cave　－トラブルな出逢い

「Truble　Vacation　２×２」　３．　cave　－トラブルな出逢い－

昼過ぎに着いたホテル。
チェックインを早めにさせてくれて有り難かった。
時間はまだたっぷりある。

何しろ予定は２泊３日（さすがに１日余裕を開けた）。
有効に使わないと損だ。
どうやら天気も大丈夫と見て、メインのダイビングは明日にする。
近場の観光地ということで、鍾乳洞見学へ行く事にした。

「玉泉洞？」
ハンドルを握っているのはあたるだ。
「要は洞穴。」パンフレットでナビしてる天羽。
一応カーナビもついているが。

「それじゃ身も蓋も。」
「だってそうじゃん。」
「今から見にいくんだよ？」
「まあ、東洋最大規模っつーから、それなりじゃねえの？」

「東洋最大かぁ。秋芳洞よりすごいのかな。」
「どうだろ。おまえ、秋芳洞は見た事あるのか？」
「・・・ない。」
「なんだ。」

「なんだってなによ。あなたは？」
「もちろん。」
「うーーーっ、悔しい。」
「そればっかだな。ほら、そこ左。」

「え？　あ、はい。」
「おー、うまくなったな。」
「曲がっただけでしょー。」
「曲がれてるし。」
「・・・バカにしてるっ？」
「こ、こらっ、直線道路で曲がるなっ！」

二人でのドライブに退屈はない。
玉泉洞まであっという間だった。だが。
そこで待っていたのは。

『玉泉洞』は鍾乳洞だが、その周りには物産展だの果樹園だのが集まり、
実は沖縄最大のテーマパークとなっている。
「沖縄らしさ」を気楽に満喫できる場所だ。
メインは鍾乳洞なので、あたると天羽もまずそこへむかった。
広さに比べて時間が限られてると思ったからだ。

入り口には、沖縄らしい民族衣装を身につけた美人のお姉さんがいた。
いきなりガシッと二人は、両サイドを固められる。
「え？」
「は？」

思う間に目の前でカメラ。条件反射で笑顔。
ぱしゃっと落ちるシャッター。
あれ？
どうやら今撮った写真を、出口で売りつけられるらしい。

「・・・見事な攻撃だな。
　ディズニーランドみたいにさりげなくないあたり。」
妙に感心している天羽に、あたるが吹き出す。
「でも凄い顔で映っちゃった。びっくりしたんだもん。」
「なら買ってくか。」
「あのね。」

にこやかなるお姉さんに別れを告げる天羽の視線に、ちょっとすねる。
「美人だね。」
「んー、観賞用にはいいね。」
「何それ。」
「実用ならやっぱこっちがいいし？」

目を踊らせて肩を抱えるから、あたるが口をパクパクさせて焦る。
「ばっ、ばっかじゃないのっ！？」
「違ったか？」
「よっしゆきぃいいいい！」
ブンブンと振り回すバッグをよけつつ、クスクス笑い続ける天羽。
あたるの頬は真っ赤だ。

鍾乳洞とは石灰岩で出来ている洞窟だ。
カルスト地形の土地にあり、普通は中に水が流れている。
山口県秋吉台にある秋芳洞が有名だが、そこと比べると・・・狭かった。
まるで違う。

天井が低い。
その天井からも壁からも石筍。
それらは少しずつ伸びているのだろう。
おまけに天井からは石筍を育てるごとく、雫が絶え間なく落ちてくる。
洞窟内には、鍾乳洞お約束の河も流れていた。音をたてて。

秋芳洞を知っている天羽も驚いたから、
知らないあたるはちょっとびびったようだ。
キョロキョロと動く目には、好奇心と同じくらい怯えの色が混じって。

全長は５キロという洞窟のうち、たどれるのは１キロもないらしい。
ゆっくり進んでいく二人。
だいぶ来たと思ったそこで、あたるが滑った。
転ぶまでいかなかったが、バランスを崩したあたるを支えた天羽。

「っと・・・、おまえ危なすぎ。」
「ご、ごめん。」
そのまま手を引かれる。
「え？　・・っと？」
「次は転ぶだろ。」

断言されると反論も出来ずに。
あたるは素直に手を預けた。ホッと落ち着く。
あたし、怖かったのかな。
気づかなかったそれを知ってたのかもしれない。良之は。

後ろ手にあたるの手を引きながら、天羽にしては狭い歩幅でたどる。
背中と手の温もりに安心して、ギュッとその手を握り直す。
前を向いたまま、その手の感触に天羽は笑みを浮かべていた。
そこに。
「歩けないって言ってるでしょっ！」
大きな声が聞こえた。

夏休みといってもまだ早めだったためか、たまたまか、
観光客は多くなかった玉泉洞。
とはいえ狭い洞窟内。
はた迷惑にもそこでもめているカップルがいたのだ。
もめているーーまさしくケンカ。

「香夜、そんなこと言ったって。」
「足が痛いのよ。さっきひねったんだわ。」
「一歩も歩けないわけじゃないだろ。」
「歩けない。」

「わかったって。でもここを抜けなきゃどうしようもない。
　負ぶってやるから。」
「嫌よ。あなたの方が背は低いんだから。」
「じゃどうするんだ。」

運のいいことにというか、悪い事にというか。
彼らの先には誰もおらず。
彼らの後ろにはあたると天羽だけ。
「・・・あのさ。悪いけど。」

こんな地底で永遠に続けるつもりかもしれない口論に、
天羽はあっさり割って入る。
こう言うときはためらったりしない。
「とりあえず通して欲しいんだ。」

周りが見えてなかったらしく、
いきなりかけられた声に二人がびっくりする。
薄暗がりと照明に見える顔。

しゃがんでいるショートカットで細身の彼女は美人だ。
目がきつい。
立っている彼も美形。でも年下？
綺麗な一対と言えよう。ケンカさえしてなければ。

「こんなところで痴話げんかはやめれば。迷惑だし。」
ストレートな天羽にあたるが焦る。
彼の方はあわてて、申し訳なさそうに答えた。
「すいません。ほら香夜、立って。」

だが。背も、たぶん年も、彼より上らしい彼女は、
どうやら立ち上がると突然言った。
「あなた、私を出口まで運んでもらえないかしら？」
「・・・・は？」
天羽はもちろん、あたるも。それからそばにいた彼氏も唖然とした。

「香夜っ、君、見も知らぬ人にいきなり何をっ？」
さすがにあわてる彼。
「バカ言ってるんじゃない。君は僕が。」
「バカじゃないわ。あなたが私を背負っていくより順当だわ。
　この人あたしより背が高いし。」

「香夜。みればわかるだろ。人様の彼氏に失礼じゃないか。」
意外にも強い口調で叱咤するが。
「別にモーションかけてるんじゃないもの。」
しらっとそう言うと、彼女はあたるに向いた。

「あなた、ごめんなさい、突然。気を悪くした？　でもほんとに歩けないの。
　申し訳ないけど、出口まで彼氏を貸してもらえない？」
目をぱちくりしばたたかせるあたる。
なんて言えばいいの？
あたるが口を開く前にしかし、天羽が切れていた。

「・・・立てるなら、彼氏とゆっくり出てくりゃいいだろ。バカも休み休みいえ。」
「でも。」
「彼氏を困らせて面白いわけ？　何考えてるんだか。」
天羽の言葉でうつむいた彼女の眼の色に、あたるはひっかかってしまった。
この人ーー。

あたしってお人好しなのかな。
日頃は自覚がないけれど、こう言うときはチラッと思う。しょうがない。
すでに歩き始めていた天羽に、声をかけてしまう。
「良之ー。」
あきれ顔がふりかえった。声音でわかってしまったらしい。

「おまえね。」
「・・・だって。」
天羽の睨みとあたるの懇願の勝負は、たいていあたるの勝ちだ。
これも自覚はないが。
苛立たしげにため息を吐くと、天羽は困り切っている彼氏に言った。

「じゃあさ、あんた。悪いけどこいつをちゃんと連れてきてくれ。
　おっちょこちょいで、すぐ転ぶんだ。」
「え？」
「あんた達がここにいるとみんな迷惑するし。」
言われてみれば、うしろから集団がやってくる気配。

「いいな。そいつに怪我させるなよ。」
念押しすると、天羽は香夜と呼ばれた彼女に背を向けてしゃがんだ。
「ほら。さっさと負ぶされば。」
「あ、ありがとう・・・。」

自分で言ったくせに、
ほんとに連れていって暮れるとは思ってなかったようだ。
うろたえつつ、彼女はおとなしく負ぶさった。
軽くその体を背負って、天羽はあたるにふりかえる。

「ちゃんと着いてこいよ。転ばないで。」
「う、うん。」
その声にボーっとしていた彼氏が、あわててあたるに手を伸ばした。
「・・・よかったらつかまって。」
「い、いえ。」
「でないと彼氏に怒られる。」

そう言われれば拒みきれず、
あたるはおずおずとその手につかまった。
もう一度ふりかえった天羽が口の端を曲げ、その背で彼女も又そっぽを向く。

歩きながら彼が言った。
「申し訳ない。僕は透（とおる）。あいつは香夜（かや）。」
「柚木あたるです。前にいるのは天羽良之って・・・。」
短い自己紹介を交わして、あとは無言。

慣れない手。慣れない温もり。さっきとは違う。
落ち着かなくて今にも転びそうで。でも転ばないよう緊張しながら。
あたるはひたすら足下を見て、出口へ急いだ。
他の３人の後から。

数刻後。
二組のカップルは無事に玉泉胴を抜け、
出口に広がる果樹園の中で向かい合っている。
彼女の足はねんざらしかった。
彼がタオルを濡らしてきて、その足首を冷やしている。

天羽にするとあたるを連れて即退散したかったのだが、
今度は彼氏が迷惑をかけたとひどく気にして、
果樹園のフルーツバーで是非ご馳走させてくれと聞かなかったのだ。

天羽にしても同じ男として彼の苦労がわかるだけに、無下にも断れず。
それはあたるも同様で。
仕方なく二人は、同じテーブルの向かいで、
ジュースとアイスを口にしているわけだ。

「ほんとにすみませんでした。
　改めて、僕は遠見透（とおみとおる）と言います。
　彼女は香夜。梅崎香夜です。」
「天羽だ。こっちは柚木あたる。」
短い紹介。

「ありがとう。助かったわ、あなたのおかげで。」
どこか女王様然とした雰囲気の彼女と、美形だが年下だろう彼。
目を惹くカップルだ。

「ああいうところで揉める方がどうかしてる。」
遠慮会釈のない天羽の言葉に、香夜の眉が曇り、
あたるがあわてて話題を探す。
「あ、あの。お二人とも初めてですか？　沖縄は。」

「いいえ。あたしは何度も。透はー初めてだけど。」
「そうなんですか。」
「でなきゃ来ないわよ。ここはやっぱり沖縄初心者向けよね。」
「香夜。そういう言い方はないだろ。」
「ほんとのことよ。」

「あ、あの。あたしも初めてなんです。すごかったですよね、鍾乳洞。」
「あら、・・・じゃあなたもはじめて？」
香夜の視線が天羽に向けられる。
「いや。俺は何度か来てる。ここは初めてだけどな。」
言下に答える天羽の機嫌はやっぱり良くない。抑えているものの。

「やっぱりね。なんだか慣れてる気がしたの。」
「だから、ここは初めてだ。初心者のうちだぜ。」
「あ、えっと、いつから沖縄に？」
必死で話題をふるあたるに、透がつなぐ。
「もう１週間です。ぼつぼつ腰をあげるんですが。」

「わぁ、そんなに長く？　いいですね。
　あたし達今日きたばかりで・・・・えっ？　良之！」
あたるが突然叫んだ。
手にしていた紅いもアイスをいつのまにか天羽に舐められていたから。

「やだ、あたしのアイス！」
「しゃべってばかりいるから、溶けてるじゃん。」
「教えてくれればいいでしょっ。」
「舐める方が早い。」
「そんなぁ。」
「ほら又。」
「だめーっ、あたしのだってば！」
「ケチ。」
「ケチとは何よっ！　・・・・あ。」

いつもの調子でやっていたあたるは、ふと我に返って真っ赤になった。
さすがに二人も苦笑する。
「仲がいいのね。」
香夜の眼が初めて、柔らかくなる。
あ、この人笑うと素敵。

「ほんとだね。アイス、もうひとつもらってきましょうか。」
「い、いえっ。・・・ごめんなさい、つい。」
真っ赤な顔のまま、天羽を睨むけど。
天羽は知らん顔でジュースを飲んでいて。

「えーっと・・・ここって、他にもいろいろあるんですよね？」
「ええ。民芸品とか蛇の博物館とか。ガラス工房なんかも。」
「ガラス工房？」　あたるの瞳が興味に輝く。
「蛇ショーってのもあるらしいぜ。」　すかさず突っ込む天羽。

「え・・・ええ？」あたるは逃げ腰。
「マングースとウミヘビの対決とかさ。」
「やだー。殺し合うの？」
「いや、そりゃ昔。今は泳ぎ比べらしい。」
「はぁ？」
「あと、コブラとか。」
「いやだって～。」

「ほら、また溶けてる。早く食べちゃえよ。行くぞ。」
「ええ？　蛇ショーに？」
思いっきり退いているあたるにクッと笑い出した天羽。
その顔に、透と香夜が意外そうになった。

「バーカ。ガラス工房。見たいんだろ？」
「うん！」
「日が暮れる前に、見たいところだけ急いで回ろう。」
そう言って立ち上がると、天羽は二人に会釈した。

「・・・ごちそうさん。」
「いえ、ほんとにありがとうございました。」
やっぱり立ち上がった透が手を出す。
「いい旅を。又逢うことがあれば、よろしく。」
「・・・あんまり逢わない方がいいな。」

それは小声で透にしか聞こえなかったが、
透が笑ったので天羽も笑みを浮かべた。
「じゃあ、失礼します。」
ぺこっとお辞儀をしたあたるの背を天羽が押して、二人は去っていった。

見送った香夜が漏らす。
「いいカップルね・・・可愛い彼女。」　その目は二人から離れない。
「彼氏も。彼女を大事にしてる。」
そういう透の目はどこか不安げに香夜を見ている。

沖縄の陽が鮮やかに暮れようとしていた。