「花紅柳緑」　８．　空知（そらち）

「花は紅　柳は緑」　８．　空知（そらち）

耳に流れる軽快なリズムとは裏腹に苛立っている彼。

碓井　空知（うすい　そらち）。新２年生。

これといって特徴のない自分を知っている。

それも苛立ちの元。

別に問題があるわけじゃない。

クラスは問題ない。人好きがして素直な方。

部活に入っていないのは、単に集団が苦手なだけ。

入学して２年目。柳高校も好きだった。

活気があり、生徒たちはめいめい好きなことに熱中している。

進学校だからそれなりに勉強もするし、学校全体に健全な意欲があった。

伝統ある高校、要は古いってことだが。面白い逸話も多い。

1年で入ったとき、印象にまず残ったのは「表の紅」という呼び名。

まさか生徒会の異名とは思わなかったのでびっくりした。

だが、行事で生徒会の面々を遠目にして納得した。確かに「紅」華やかだ。

女生徒のみにの生徒会は驚きだったが、それだけの力を備えたメンバー。

憧れるにはちょっとインパクトが強すぎる。でも悪い感じではなかった。

それから「裏の緑」。

これがよくわからない。何度聞いても。はっきり説明できる奴もいない。

ただ柳高には表とは別に、いざって時は生徒を仕切る面々がいるらしい。

それくらい。

なんだろう。ドラマの「必殺」みたいだな。想像すると面白かったけど。

そう、学校は悪くない。友達も先生も。

なのにいつもどこか苛立っている自分。なんでだろう。

言葉にできないそのささくれ立った気分を、いつも持て余していた。

新学年。

近づく体育祭で応援合戦にラップをいれるかどうかって話が伝わる。

へえーっ。応援合戦でラップ？　それっていいなぁ。

でも学校側がうんと言うだろうか？　無理かな。いいじゃん、それくらい。

空知が特別に興味を示したのには理由があった。

Hiphopが好きで、ＤＪやラップに入れこんでいたのだ。誰にも言ってないけど。

密かにＤＪクラブをめぐっていたほど。

ステージで歌うラッパーにあこがれていた。自分でも歌詞を書いてみたりもしてる。

でもすべて自分だけのこと。外へは決して洩れず動かない。

それが空知の現状で、どうにもならなかった。

流れ込んでくるラップのシャウトに、急き立てられても。

そんな自分を抱えつつ、また週末が来てクラブへ足を運んだ。

まさかそこに、思いがけぬ出会いが待っているとも知らずに－。