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番外編　「Happy for your Birthday」　３



「そんなことがあったのか。」
「・・・ええ。ごめんなさいね。連絡もしないで。」
午後遅く。
やっと家に戻った華代は建に、
遅くなった理由とその顛末を語っていた。



華代が病院に電話すると、すでにお産は始まっていた。
あわてて病院へ駆け戻った４人。
弱りながらも、母猫は意志で産み落とした。子猫が３匹。
だが。


３匹は息がなかった。
蘇生させようと院長は必死になったが、結局２匹は鳴き声をあげることはなく。
かろうじて１匹だけが命を繋いだ。
その尊さはもちろんだけれど。


「・・すみません・・・その・・２匹・・抱かせてもらっていいですか？」
涙をこらえてあたるが頼む。
毛布にくるまれた２匹をそっと抱いて、その体をなでる。
「まだ・・・温もりあるのにね・・。」
「−−あたる。」
天羽がその背ごと抱え込む。


男の子もまた、
母猫の乳にしゃぶりつく生き抜いた一匹をなでながら泣いている。
「・・・僕がっ・・もっと早っ・・くっ・・」
母親がその頭を抱く。


「君が、この子を。この子と母猫を助けたのよ。」
華代がきっぱりと言い切った。男の子は涙に濡れた眼を上げる。
「お母さん猫もこの子も。ほめてあげようね。」
「・・・うん。」
逝った命は戻らなくても。



親猫と子猫は、男の子の家で無事に飼われることとなった。
それが一番いいと、華代もあたる達も安堵した。
やっと生き残った子猫を親から引き離すのもむごいだろう。
華代の所へ院長が礼にやってきた。


「北御門さん、滅多にお越しにならないのに、
　今日はご面倒をおかけして。色々ありがとうございました。」
「とんでもないです、先生。・・・助からなかった子猫は可哀想でしたけど。
　出来る限りのことがしたかったんですよ。今日という日に。」


そこで院長はああ、とうなずく。
「・・・ナラも喜んでます。きっと。」
微笑む華代。
「こちらは？」
院長が天羽に眼を向ける。


「この春からうちの離れの住人なんです。
　天羽さんと、あっちがあたるちゃん。こちらがここの院長先生。」
華代の紹介に、天羽が頭を下げる。
院長は天羽よりも年上に見えるが、さほど違わない年の差か。


「そうなんですか。今日はありがとうございました。」
「いいえ。近々僕らも猫を飼いたいと思ってるんですよ。」
その言葉に、華代があら、という顔になる。
「ですから先生にはまたお世話になるかと思います。
　いろいろ教えてください。何しろ華代さんの太鼓判ですし。」


控えめな天羽の態度に好感をもったらしく、
院長の疲れた顔に笑みが浮かんだ。
「こちらこそ。よろしく。」
二人は握手を交わした



やっと落ち着いたあたるは、男の子と一緒に親子の猫を見ていた。
「・・名前。何にするの？」
「・・・親猫はずっとソラって呼んでたんだ。」
「ソラ？　いい名前ね。」


「子猫はこれから・・考える。」
「可愛がってね。」
「・・・お姉ちゃん、ありがとう。僕忘れない。あの２匹も。」
「うん。できたら思い出してあげて。」
誰かが思い出してくれると、逝った場所に花が咲くと言うから−。



そうして、３人は病院から戻ってきたのだった。



「・・・ってわけでね。
　近いうちに子猫を飼うことになったのよ。あの二人。」
「そうか。・・・あいつもあたるちゃんには弱いからな。」
建のぞんざいな、でも温かい口調。
「ほんとに。」
華代は何か感じていた。子猫の死に対するあたるの表情。
でもそれは憶測だから。


「死んでしまった子猫は可哀想だったけど。」
「・・・ああ。でも助かった子がいて良かったな。ナラもホッとしたろう。」
「ええ。」
もう遠いけどすぐそこにいた。自分たちを慰めてくれた存在を想う。


「幸せに生きるといいな、その子猫が。」
「祈ってましょうね。」
二人の最後の犬、ナラ。その命日に命を繋いだ子猫。
それは。この世にいくつもある生の一つに過ぎないけれど。
どうか−かけがえのない生になるように。



家に戻った後。
あたるは疲れてしまったのか、ベッドで眠り込んだ。昼もとらずに。
さすがに腹の減った天羽は、ひとり台所で簡単に食事を済ませる。
ベッドをのぞくと、丸くなって眠るあたる。
頬にかかる髪をそっと払って。


２匹の骸を抱きしめて泣くあたるが、天羽の目に焼き付いていた。
あんな風に。
あの時も泣いたんだろうか。自分の知らない痛み。
何故知らないのか。あの時の自分に怒りを覚えても時間は戻らない。


だからって、男の子の頼みに頷いたのは償いなんかじゃなかった。
ただ。
目の前に生まれてくる命は生かしたい。生きて欲しい。
そう願っただけ。




帰り道。傘の下、華代の後ろを歩きながら。
「猫にしようぜ。」
「え？」
「飼うの。」
「・・・いいの？」


「俺たちは日頃留守がちだからな。その方がいいとは思ってたし。」
これは本音。
「ほんとに？」
「しつこい。」
「ありがとっ！」
思わず飛びついたあたる。傘が落ちかける。


「おい、濡れるって。」
「あのね、名前決めてあるの。」
「はぁ？　おまえ早すぎ。」
「犬でも猫でもいいように。」
「なんて名前？」


「ハッピー。」
「・・・・ベタだね。」天羽が苦笑する。
「いいの。一番大事な事よ。
　幸せに生まれて、幸せに生きていけるように。」



−−生まれて　生きる　その幸せ−−



「素敵な名前よ。ね？」華代の言葉に。
「・・・いいんじゃねえの？」ちょっとそっけなくても。
「でしょ？　よしっ。探しに行こうね！」
あたるは力こぶを雨空に向けた。


「待っててねーっ、ハッピー！」
「バーカ。」
ちょっと呆れた天羽。華代も笑ってたっけ。





安らかな寝息を守るように寄り添う。
そうだな。
今度、探しに行こう。
どこかにきっと待ってる、俺たちの−happy−を。



外は今も春の雨。屋根を叩く音はまるで子守歌。
全ての生を包み込むように。





　　　　　　　−−−　Happy　for　your　Birthday　−−−

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