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番外編 「Happy for your Birthday」 １ うららかな春の日曜。 あたると天羽は二人して、家の縁側にいた。 食事やら洗濯やら掃除やら、朝の一仕事をすませたあと。 何をするでもなく、のほほんと過ごす二人の時間。 あたるの足が、縁側からぶらぶらと揺れている。 寝そべってそれを見ていた天羽は、その足がまるで猫のシッポのようだと思う。 そこで思い出した。 「そういやさ。」 「ん？」 「おまえ、新しい家で猫を飼いたいって言ってたよな？」 あたるがきょとんと天羽を見る。 まん丸に見開いた瞳が、それこそ子猫のようだ。クッと笑う。 「・・・なんで笑うの？」 「いや、つい。」 「なんか、気に入らない。」 「気にすんなって。」 口を尖らせて尚、ぶらぶらとさせる足。 「でさ。今も飼いたいわけ？」 「う・・・ん、そりゃね。でも。−どうかな。」 大家である建（たける）と華代は、犬も猫も飼っていない。 好きじゃないのかもしれない。何となくそう思っているあたる。 「聞いてみたのか？」 「ううん・・。」口ごもってうつむく。 「なんで？」 「嫌いでもいいよって言いそうだもん。それじゃ悪いし。」 「おまえね、考えすぎ。 建さんも華代さんも、駄目なら駄目って言ってくれるさ。」 「でも。せっかくいい関係なのに・・。」 天羽の眉が寄る。 「んなことで悪くなる関係なら、一度つぶれた方がいいって。」 「そんな乱暴な。」 立ち上がる天羽。 「行くぞ。」 「・・・へ？」 「善は急げ。さっさと聞く。」 「今？ 大体善とは限らな・・きゃぁっ」 有無を言わさず、天羽はあたるをひっぱって大家さんちへ向かった。 「生き物？ 好きよ。」 お茶を入れてくれながら、いともあっさりと華代は言い切る。 「そうなんですか？」 「ええ、大好き。前はね、猫も犬も飼ってたのよ。ねえ、建さん？」 妻の問いかけに、新聞を読みながら建がうなずく。 「結構絶え間なしに何かいたんだけど、３年前かしら。 最後に犬が死んでから・・・飼わなくなったの。」 わずかに華代が言いよどんだ。珍しく。 「華代さん？」 「・・・雑種のオスでずいぶん長生きしたんだけど。寿命でね。」 「それから飼わなくなったのは？」 天羽が聞く。 「もちろん、その子が可愛かったってのもあるんだけど。 ほら、生き物を飼うって言うのは、 その子の一生を抱え込む覚悟をしてやらなきゃいけないでしょ？ 私たちはもう年で、そりゃ今は元気だけど、先のことはわからないし。 かといっていざってときに、遠く離れた息子達にその後を期待して、 飼う訳にはいかないから。 もうやめようって二人で決めたの・・・ね？」 再び妻の求めに、黙ったままうなずくだけの建。 「それにね、年を取ると、飼って死なれるのは辛いから。」 どうぞ、と二人にお茶を差し出す華代。変わらぬ笑顔の深さ。 「でも、どうしてそんなこと？」 「いえその・・。」 とてもじゃないけど言えない。そう思ったあたるだったのに。 「こいつがずっと、犬か猫を飼いたがってたんですよ。 新しい家に移ったらって。」 「よ、良之っ。」 「あら、そうなの？ いいじゃない。どっちが好き？」 あたるそっちのけで話は進む。 「俺はどっちかっていうと犬なんだけど。こいつは猫って。」 「男の人って犬が好きなのかしら？ 建さんもどちらかというと犬よ。」 「猫は気まぐれだし。」 「そこがいいんじゃない。」 「呼んでも来ないし。」 「あら、従順な方が好み？」 「いや、もう十分気まぐれのが一匹いるから。」 ・・・何の話してるんだか。 「で、でも・・・華代さん達が飼うのをやめてるのに・・。」 「それは違うぞ。」 急に建が言葉を挟んだ。 「わしらはわしらの理由で飼わないんだ。」 「でも。」 「おまえ達が飼うなら犬にしろ猫にしろ、責任を持つのはおまえ達だ。 なら、わし達に遠慮するのはおかしかろう？ それともわし達に面倒をみさせるつもりか？」 「そんなことないですっ！」 厳しくなった声に、思わず叫ぶあたる。するとプイッと横を向く。 「なら、問題なかろう？」 「・・・建さん・・。」 「あら、でも飼うなら、一緒に面倒見させてね？ ほら、ずっと飼っていたから寂しくて。実はね。」 華代がねだるみたいに微笑む。 「だってさ。どうする？ 飼いたくないか？」 天羽が悪戯っぽく笑いを含む。 「・・・飼いたい。」 ほんと、あたしって誰にもかなわない。大人の中の子どもみたい？ 「じゃ、検討しなくちゃな。」 「へ？」 「おまえは猫派だろ？ 俺は犬派だから。納得いくまでとことん討論。」 げ。そうなの？ 「近くにね、いい獣医さんもいるから。 昔からの病院で２代目が継いでて、腕がいいの。 うちのナラ・・・犬の名前だけど、あれが年をとってから、 ずいぶんお世話になったのよ。だから、犬でも猫でも心配ないわよ。」 華代のどこかトンチンカンな、でもツボを押さえた声援を受けて。 二人の「ここで飼うのは犬か猫か」という激論は始まったのだった。 |