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番外編 「Happy for your Birthday」 ２ それから又数日後の週末は雨だった。春にしては冷たい雨。 縁側のサッシを閉めてリビングから庭を臨みながら。 あたるは持ち帰った仕事を、天羽はソファで昼寝を貪っていた。 ガラッ。表の戸が開く音がする。 「あたるちゃん、いる？」 華代の声に天羽もゆっくり頭をもたげたのは、いつもと違う声音のせい。 眼をあわせてからあたるが玄関にとんでいく。 「華代さん、何か−−−え？」 その顔はやっぱりいつもの笑顔ではなく。 傘はあるのに急いだのか肩はぐっしょり。 おまけに。 「・・・その子は？」 華代と手をつないでいるのは、小学生くらいの男の子。 その目が真っ赤だ。 絶句するあたるの後ろで。 「とにかく、上がってもらいなよ。」 いつの間にか出てきた天羽が促した。 「二人にお願いがあってきたのよ。こないだの話、どうなったの？」 リビングのソファに座るやいなや、 あたるの差し出すタオルを置いて華代が口を切る。 「こないだって？」 「ほら、犬を飼うか猫を飼うかって話。」 「いえまだ、結論は・・。」 急ぐこともない話なので、二人して論争を楽しんでいる状態だ。 それまで華代の横で黙りこくっていた男の子が、急に叫んだ。 「お願いします！ 子猫を・・子猫をもらってくれませんか？」 その剣幕にあたると天羽は唖然。 「お願いです。でないと・・・生まれても生きられなくなっちゃう・・。」 ポロポロとこぼれる涙。 「ちょ、ちょっと待って。生まれるって？ 子猫って？」 分けがわからずただ焦るあたる。 「あのね−−。」 華代が話し始めた。 先日華代が言っていた獣医は「柿沼動物病院」といい、 この界隈では評判の所だ。 昔からの住宅街で、ペットを飼う人も多い町。 先代の院長の跡を継いだ２代目もなかなかの人柄で腕も立つ。 評判は落ちることなく、患者からの信頼も厚かった。 華代もずいぶん世話になった。 ペットの居なくなった今も年に１，２度御礼に訪れ、 先生と看護婦へ話がてらに手みやげを届けるほど。 今日がたまたまその日で、例年のように出かけたのだが。 病院内に緊張した雰囲気。 何か難しい患者が来たのかしら？ なら品物だけ置いて帰ろう。 そう思った矢先。 「それじゃどうするんですか？」 聞こえてきたのは、２代目若院長の厳しい声だ。 「このあたりは保健所の規制も厳しい。いたずらに野良を増やしても。 目の前の命が可哀想なだけじゃ、その場しのぎにしかならない。」 「わかってます。わかってますけど。うちではどうしても。」 「・・えっ・・・ひっ・・くっ・・」 「生き物に関わるのはそんな生やさしいもんじゃないんだ！」 日頃温厚な院長の、あんな叱責を受けているのは誰だろう？ ついのぞいた華代はさらに驚いた。 そこにいたのは小学生の男の子と、母親？ 全身をふるわせながら、涙をこぼすその子。 オロオロして院長と我が子を見比べる親。 周りの人も気の毒そうに見ているけれど。 「・・・先生、どうなさったんですか？」 「こりゃ・・北御門さん。とんだところを−−。」 華代の声に我に返った院長が、気まずそうに頭をかく。 「この子が・・・野良猫を親に内緒で面倒見ていたらしいんです。 ここ１週間。ところがそれが身重だったようで。 おまけに衰弱してて。苦しむので。 思いあまって母親に打ち明けて、つれてきたってわけなんです。 あれはお産に体が耐えられるかどうか怪しい。」 「・・・まぁ・・。」 「最後は帝王切開ですが・・・助けても・・・」 母親が困り切った顔。 「うちは・・・せいぜい親猫と１匹くらいしか。 生まれてくる子猫全部ってわけには・・。」 「それで？」院長の厳しい声。 「だって先生・・」 「お母さっ・・ん・・お・・願いだから・・」泣きながら訴えても。 「無理なの。わかってるでしょ？」 握り拳をつぶさんばかりにして、落ちる涙をこらえようと必死の男の子。 その気持ちは痛いほどわかる。 だが、院長とて意地悪で言っているのではない。 「・・・何匹いるんですか？ おなかに。」 「おそらく３、４匹。」 華代は迷った。自分だって決意を翻すことにはためらいがある。 建との約束もある。でも。 見過ごすことはできなかった。 なぜなら、今日は−−。 「１匹私が引き取ります。もう１匹も、 もしかしたら飼ってくれるかもしれない人がいる。 僕、そこへ一緒に頼みに行こう！」 「・・・え・・？」 「北御門さん？」 「先生、どれくらい持ちますか？」 「・・・今様子をみてるんですが。あまり・・・・。」 「僕、どうする？」 「・・行くっ！」 そうして華代は男の子と、まっすぐ来てしまったのだ。 二人の所に。 あたると天羽は顔を見合わせた。 「ごめんなさいね。でも他にすぐ頼めそうな人がいなくて。 私も１匹引き取るから。 まだ無事に生まれるかどうかわからないけど・・・。」 そんなに必死な華代は初めてで。 「・・・華代さん達はもう飼わないって決めたんじゃ？」 天羽がためらいがちに聞く。 「ええ・・・でもね。やっぱり目の前の命だから。 ほんとに出来ない事じゃないし。」 「華代さん。」 「それにね・・・今日は・・・ナラの命日なのよ。」 二人が驚く。 ナラ。建と華代が最後にみとったという犬。 「だからどうしても助けたいの。 今日という日に、あの病院で生まれる命なら。」 『生まれる命を助けたい』 その言葉があたるの胸に響く。別の痛みを伴って。 今にも生まれてくる命がある。 「お姉ちゃんっ、お兄ちゃんっ、お願いしますっ！」 その子の悲鳴のような声。 あたるが天羽を振り返った。 その眼に映る痛み。 グッと何かを奥歯でかみしめ、それから天羽はゆっくりうなずいた。 あたるがパッと立ち上がる。 「華代さん、電話。連絡してください。早く！」 「−−いいの？」 「あたし達でいいなら。」 「あっ・・りがとうっ！」 男の子があたるに飛びついて泣きじゃくる。 「急がないと。番号わかりますか？」 天羽が携帯を手にする。 華代はバックから手帳を取り出していた。 |