康平は苛立っていた。
　二次会の準備は難航している。

　まず、甲斐がつかまらない。
　わざわざ康平の自宅まで来たくせに、その後なしのつぶてだ。
　洋輔に、甲斐の連絡先を教えてもらったのだが、かけても出ないし、メールにも返信しない。
　あいつ何やってるんだ。

　次に、林子もつかまらない。
　つかまらないどころか、影も形もない。洋輔も実紀も行方をつかめないらしい。
　実家のお母さんにも聞いてみたが、上京した後は音信不通とか。どこにいるんでしょうと逆に聞かれてしまった。

　おまけにというか、康平にとってはこっちの方が問題なのだが、汝月までつかまらなくなった。連絡はともかく会えない。
　何でだ？
　もしかして。

　「愛想つかされたんじゃないの？」

　ぎょっとして振り向いた。
　母が愛用の湯飲みで茶を飲んでいる。まるで悟りを開いたみたいに落ち着いた顔が勘に障る。

　「やめてくれよ、縁起でもない」
　「ほんとだわ。あんたみたいな気の利かない堅物、嫁に来てくれる人なんてそうそういないのに。どうしよう」
　「だから縁起でもない」
　「そもそも、人の式より自分の式でしょ」
　「汝月だって一緒に」
　「だから嫌になっちゃったんじゃない？　人様の式に入れ込む未来の旦那なんて」
　「やめろって」
　「しかも元カノ」
　「おいっ」

　荒げた声には後ろめたさと、不意を突かれた狼狽が混じっている。
　対して母は真顔だ。

　「何も言わないからって、何も思ってないはずないの。甘えてばかりじゃ駄目よ」
　「そういうわけじゃ」
　「大事なものを間違えないことね」

　それが昨夜の話。
　正直、ぐうの音も出なかった。
　滅多に口を出さない母にあそこまで言われるのだから、やっぱり甘えてるんだろうか、俺は。
　仕事に追われながらも、自問自答を繰り返す。そんなつもりはないと打ち消すが、気弱だ。

　《ごめん、今夜も用事が入って》
　《仕事か》
　《仕事と私用で遅くなっちゃう。ホテルとの打ち合わせ、頼んでいい？》
　《わかった》

　会場は、グランドオークになった。
　二次会という名の同期会は、全員集まれば三百人近い。半分でも二百人近く。急な話だというのに洋輔が場所を押さえた。できる奴は違う。

　今夜の打ち合わせは汝月と一緒にいくはずだった。
　やっぱり避けられてる？
　汝月に限ってと思う反面、母の言葉が脳裏から離れない。

　『大事なものを間違えないことね』

　大事なものなんて決まっているじゃないか。
　そう言い返せなかった自分に蹴りを入れてやりたい。

　市役所を定時で退けると、康平はその足でホテルオークに向かった。ブライダルコーナーのカウンターで、予約している担当者の名前を告げる。

　「お連れ様もいらしてますよ」
　「連れ？　女性の？」
　「ええ」
　なんだ、来たのか。
　安堵で座り込みたくなるのを堪え、スタッフの後を追う。仕切りで作られている小部屋の一つへ案内された。
　「どうぞ」

　踏み入った康平の足が止まった。机を挟んで担当者と歓談しているのは、汝月じゃない。
　ふりむいた顔を、幻影だと思った。

　「実、紀？」

　向こうも驚いたようだ。目が泳いだのは錯覚か。

　「……久しぶりね、康平」

　月日は彼女を大人にしていた。
　うなじで切りそろえられていた髪は、肩を覆うほど長い。整えられた眉、薄い化粧。紅を塗った口元は、微笑んでも堅い。

　変わらないのは大きな目。
　自ら光る恒星のように強い視線を放って、射貫かれる。

　《大事なものを間違えないことね》

　大事なものがぼやける。
　幻影のようだ。
　康平は軽い眩暈に襲われていた。





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