春は曙あけぼの　夏は夜、とまでさかのぼらなくても、花に蝶が、砂糖に蟻が集たか　るように、スターにはスキャンダルが切っても切れないものだ。この状況も大したことじゃない。
　高層マンションの窓からおもちゃのような街を見下ろして、国木田　甲斐は自分に言い聞かせていた。

　
　これまでもスキャンダルは数え切れないほどあった。９９パーセントの嘘と１パーセントの真実とか言うけれど、自分に関する記事はどれも、真実が１パーセントよりも少なかった。
　今度に限って現場を押さえられるとは。
　５０インチの液晶画面に、ワイドショーのコメンテーターが勢い込んでしゃべるのが、でかでかと映る。

　『……甲斐さんのスキャンダルはおおむね、憶測と噂ばかりでしたから。こんなにはっきりした写真が出るのは驚きです』
　『相手が人気絶頂の大物女優とは、彼らしいですねえ。しかも不倫。彼の方がひとまわりは年下ですよね。意外でした』
　『略奪愛とか？』

　「ないないない！」
　「だったら最初からやるなよ」
　思わずテレビに否定したら、マネージャーの那珂　孝大なか　たかひろ　が即座に突っ込んできた。甲斐より一回り年上の有能マネージャーだが、さっきから視線が痛い。

　「だってさあ、誘ってきたのあっちだぜ」
　「それを言うなよ、絶対言うなよ？　女に責任をなすりつけた男ってレッテル貼られるぞ」
　「ひでえ」
　「不倫だけはやるなって言ったよな。人妻に手え出すほど落ちぶれてないだろうよ」
　「魔が差したんだよ」
　「いっそ、惚れたことにするか？　彼女を愛しているんです、とか」

　鼻で笑った。
　本気の恋なら逃げも隠れもしないが、向こうにもこっちにも本気はかけらもない。１００パーセント遊びだ。ちゃんちゃらおかしすぎる。
　だがタイミングが悪い。芸能人の不倫が容認された時代とは違って、世間の風当たりはきつい。誰も彼もが正義のハンマーを、ところかまわず振り下ろそうとする。

　甲斐の脳裏に、昔のアニメが浮かんだ。紙のようにうすっぺらにされた猫が、ひらひらと風に飛んでいく姿。
　あれほどひどくはないだろう。築き上げてきたロックスターとしての地位と実力は、そう簡単に崩れないという自負がある。だが、当分記者に追いかけられると思うと、うっとおしい。

　しくったな。
　結婚してるのはわかっていたのに、結婚してるから面倒がないかもなんて、頭のねじがゆるんでいたに違いない。

　「とにかく、会見開くぞ」
　「謝罪なんかしねえよ」
　「しなくていい。おまえのキャラじゃない。大人のつきあいでした。二度と会うつもりはありません、お騒がせしました。あとは記者をかわせ。できるな」
　「当然」
　テレビから別のレポーターがしゃべる。
　『彼は浮き名を泣がす一方で、この数年はスタイリストでデザイナーのＲＩＮＫＯとの間柄が』

　そこで思い出したように、那珂が言った。
　「こんなことやってるから、林子ちゃんに愛想つかされるんだな」
　「はあ？」
　「おまえの専属、契約更新しなかったろ、彼女」

　本気で驚いた。那珂にくってかかる。
　「嘘だろ、聞いてない。ていうか、なんで俺に連絡がこないんだ」
　「ええ？　てっきり知ってると思った」
　「どの契約だよ」
　「全部だ。スタイリストとツアー同行、及び衣装デザイン」
　「冗談じゃない。了承したのか、俺抜きで」

　「ツアーの方向性も変える予定だろ？　だったらデザイナーも変えてみようかって話が出てたし。おまえも」
　「だからって」
　「慰留したさ、俺は林子ちゃんに居て欲しかったんだから。でもとにかく彼女の意志が固くて。交渉の余地がなかったんだ。そしたらこのスキャンダルだろ。これが原因だとばっかり」

　那珂はむしろ意外そうに言う。女癖が悪くてとっかえひっかえばかりの甲斐が、この六年で唯一長続きしたのが林子だったから。

　「あいつ、この頃つかまらなかったんだよ」
　「ちゃんと話してみれば……でもなあ、この状況じゃ嫌だよな」
　「畜生」

　会見のセッティングをするからと、那珂はあわただしく帰って行った。ひとり残された甲斐はプライベート用の携帯端末で、林子を呼び出してみたが、応答はない。なんだよと腐る。

　そもそも林子がつかまらなくてご無沙汰だったから……などと思ったとたん、彼女の怒鳴り声が聞こえた気がした。

　（節操のなさを人のせいにしないでよね、恋人でもないくせに）

　ごもっとも、全くだ。
　古くからの仲間に手を出して、向こうがそれを許してくれるものだから、図に乗って甘えていた。悪くない関係だと思っていたのに、林子は違ったんだろうか。なし崩しに愛想尽かされたなら自業自得だが。
　でもまさか、仕事ごと切られるとは思わなかった。

　（甲斐って弱腰だよね）
　（俺が？　おまえね、言葉の使い方間違ってるぞ。辞書ひけよ、辞書）
　（大事なものに正面から向き合えないで、ごまかして必死で逃げて、それを歌にぶつけてる。才能がなかったら、一生負け犬だったかもよ）

　思い当たることがありすぎて、返す言葉もみつからなかったあの時。見透かされていたのが衝撃だった。それでも許してくれると思っていた。林子だから。仲間だから。都合良すぎか。

　『現在、国木田さんもお相手も、雲隠れ状態で行方はつかめておりません』
　ああくそ。
　リモコンでテレビの電源を切ると、放り投げてわめいた。

　「人ひとりが雲隠れするのは大変なんだ！　勝手なことばかり言いやがって！」

　すると携帯端末が鳴った。
　てっきり林子だと決めつけ、取るなり怒鳴った。

　「どういうつもりだよ！　ちゃんと説明……誰？」

　遅ればせながら画面を再確認して、驚いた。意外な名前だった。本物か？　疑いながらもう一度耳に押し当てる。

　「もしもし？　ああ悪かった。ほんとにおまえか？　珍しいこともあるもんだ。どうし……はあ？　結婚？　マジかよ」

　今日は驚かされることばかりだ。キッチンへ向かった甲斐は、片手でコーヒーメーカーをセットする。

　「見たのかよ。ああ、こっちはサイテーだ。景気のいい話が聞けて嬉しいよ。式は？　なんだって？　そりゃ……面白いかもな」

　頭の中を、スケジュールとスキャンダルとマネージャーの悲鳴が入り乱れるようだ。六年経って初めて思い返す故郷と昔。

　コーヒーを注いだカップの中に、彼女の顔が浮かんで消えなかった。





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