高層ビルのホテルの部屋。
カーテンを開けると上から下までガラス張りだった。

見下ろす都心の街並みは、宝石箱をひっくり返したようだ。灯りがまたたく。光の帯は幹線道路か。あそこに東京タワーが、向こうにはスカイツリーが見える。綺麗すぎて本物に見えない。

きっと現実じゃないんだわ。
街も灯りも。ここにいる自分も。
だって。

「実紀」
自分を呼ぶ声が、彼じゃないから。


いまだにそんなことを思う自分が憎らしい。ガラスに映る自分が情けない。後ろに映る顔に負い目を感じる。決して言わないけれど。


後ろから彼が、実紀の腰に両手を回して、抱き寄せた。
「どうした」
「ううん。綺麗だなぁって」

体を預けるのをためらったりしない。
一緒に住むようになって三年過ぎた。二人とも社会人になった。
今更だ。今更なのに。

「高かったでしょ、ここ。無理しなくてよかったのに」
「どうせ聞くならお礼がいい」
不満げな声に苦笑する。肩越しに見上げて囁いた。

「とっても素敵。ありがと、洋輔」
「どういたしまして」
「んんっ」

降りてくる口づけをごく自然に受け止める。
だって恋人だから。恋人なのよ。

彼じゃないけど、彼じゃなくても、大事な人になった。
自分で選んだこと、選んだ人だ。わかっているのに。

「実紀」
「なに……え？」

キスの距離で彼に呼ばれて目を開けた。赤と緑、クリスマスカラーのリボンがかかったプレゼントに目を見張った。まさかと思ったのは形だ。小さな真四角にドキリとする。

「開けて」
ドキドキが早まる。
無意識に祈る。どっちを。

箱の中から指輪が現れた。輝く赤は実紀の誕生石。かつてとは比べられないほど大きくて立派な。

「結婚してほしい」
「洋輔」
「愛してる。君しかいないんだ」

それが嘘じゃないのを実紀は知っていた。実紀がそうじゃないのも、彼は知っている。好きだ。大事な人だ。でも。

「洋輔」
「いいから」
彼は実紀に言わせなかった。

「うなずいてくれ。それでいいから」

切ないほど真剣にすがりつく瞳。
彼がこんな顔を見せるのは自分だけ。

「幸せにするから」

ほかにどうしようもなくて、実紀はうなずいた。ほうっと彼のため息が額をぬらす。ルビーの指輪が実紀の手にはめられた。

左手の薬指がまぶしいほど輝いて、重い。
重すぎる。
そこに口づけた後、彼は実紀を折れるほど抱きしめた。

「愛してる」

唇をふさぐのは彼が答えを求めてないから。
真実を捧げて偽りを求めない。だから彼なのかもしれない。

ならどうして、愛せないんだろう。
なんて私はずるいんだろう。
それでも、そこにも、真実はある。

やるせなさや罪悪感と共に、実紀を満たす紛れもない安心感。
彼がいれば、一人になることはないと。


「洋輔」
ベッドに運ばれ求められながら、実紀は伝える。
真実のかけら。

「洋輔。好きよ、好きなの」
「知ってる。わかってる」

どうして私はこうなんだろう。
彼のように、赤と緑のリボンをかけて、この心を差し出せたらいいのに。


のけぞった目にガラス窓がよぎった。
摩天楼の東京。
ここにいるのは私と、洋輔だけ。


あの人はいない。


「実紀」

互いの体に溺れることで実紀は逃げた。
逃げ続ける。
距離と思い出から。


リボンをかけられない、醜い自分の心から。





　　　　　　　　　　　　＜　My　ugly heart　 ／　end　＞