汝月なつき　はもの静かだ。
口数も少ない。
康平もあまり話す方ではないから、ふたりでいると黙りっぱなしで時間が過ぎることがある。

彼女は欲を見せない。どこへ行きたいとか何が欲しいとかどうして欲しいとか、そういうことを滅多に言わない。欲がないわけではないのだろうが、無理をしているようでもない。

足るを知る。どこかで読んだ言葉が似つかわしいと思った。現状に満ち足りて越えた要求をしない。彼女のそばに居ると康平は落ち着く。いつしかこちらまで満ち足りる。

それでいて小さな焦りもあった。
与えられてばかりで、何も与えていない自分への不安。

だからだろうか、まれに彼女から、望みともつかない小さな興味がこぼれると、がむしゃらにそれを叶えてやりたくなる。


「駅前に立った大きなツリー、明日の夜からライトアップするんだって」
ふうんと聞き逃してしまいそうな言葉を、康平はちゃんととらえた。

「じゃあ行こう」
「……え？」
「ライトアップ。見に行こう」
「いいの？」
「行きたいんだろ？」

彼女の顔に満ちる喜びは康平の心にも打ち寄せる。


商店街をあげての点灯式には、たくさんの人が集まっていた。その中に混じるのが楽しかった。手をつないで寄り添って見上げる大きなツリー。彼女が指さしたのは。

「あれ、てっぺんの金色」
「星？」
「ああいうのが欲しくて昔、泣いたことがあったの」
「へえ」
寡黙な彼女は、自分の昔を滅多に語らなかったが。

「うちにはツリーがなくて。お母さんは仕事で忙しかったし。憧れたわ」
「そうだったのか」
「こっちに来た最初の年に、お義父さんがツリーを飾ってくれたの。そりゃあきれいで。子どもみたいにはしゃいで飾ったわ。高校生になってたのにね」


彼女の義父は入院中だ。母親と二人で代わる代わる看病に通っているらしい。美大に進むとばかり思っていた彼女が地元に残ったのは、たぶん義父の、義父と母親のためなのだろう。

汝月の手を握り直すと、康平を見上げてほほえんだ。そこには過去の悲しみや現在を悔やむ気持ちなどない。ただ、事実を語っているだけ。

目の前のツリーは華やかで美しいけれど、過剰な装飾をはぎとったとしても、大きくて美しい存在だ。

そういう強さが汝月にはある。
そういう強い彼女に惹かれてしまうのだ。


「それではみなさん、点灯します。カウントダウンをご一緒に。十、九、八……」

カウントダウンを聞きながら、康平は思った。
あの星をとってやりたいと。
けれど。

「二、一、　点灯！」

どよめきの中、たくさんの人たちとツリーを見上げた。
大きく、高く、てっぺんの星はなお高く。


「康平」
囁く汝月の頬は、寒さと興奮で赤い。
「ありがとう、連れてきてくれて」

珍しく衝動に任せ、康平は身を屈めるとキスをして、抱きしめた。
「こう、へい？」

そこにあったのは焦りと不安。
満ち足りているはずなのに、どうして。


見上げるとツリーのさらにてっぺん。
星はあまりにも遠く、手が届かない気がした。





　　　　　　　　　　　　＜　The far　ornament　　 ／　end　＞