初めて会ったのは、数えたくないほど昔。
やっぱり12月だった。
「ルビイ」は小さなスナックだ。客が七、八人も居れば一杯になるくらいの小さな店。それでも閑古鳥が鳴くことがある、あまり流行ってない店。
ジルは三ヶ月前からここで働いていた。水商売は初めてで失敗ばかりだが、ようやく慣れてきた。客もジルの名前を覚えてくれるようになったところだ。
サバサバして見えるけれど意外に小心者の、素人くささが抜けないジルに、客たちはどこか郷愁を感じるようで、親戚のおじさんみたいに話しかける。
「ジルちゃん、ようやくお酒作るのが様になってきたねえ」
「最初、氷もマドラーもひっくり返してたよなあ」
「やだ思い出させないで、スギさんもムツさんも」
言われてみると三ヶ月前が遠い昔みたいに思えた。
時間があっと言う間に流れて、あっという間に年を取りそう。
「可愛かったって言ってんだよ、なあ」
「そうそう。ウブな感じがね」
「すっかり擦れたって言われてるみたい」
「またまたあ」
冗談の掛け合いで遊んでいたら、ドアが開いた。小さな店に北風が飛び込んでくる。
「こんばんはぁ」
その声には聞き覚えがあった。数少ないジルの指名客。
「ナカさん」
「ジルちゃん、寒いねえ。友達連れてきたんだ」
「へえ、こんなべっぴんさんばっかりの店を、ナカさんが知ってるとはね。隅に置けないなぁ」
子どもがそのまま大人になったみたい。
まだ大人と言い切れないジルに、そう思われた彼は相当だ。ナカさんは彼を「菱屋のたもっちゃん」と紹介した。彼の実家は、駅三つ向こうの商店街にある錠前屋で、菱屋とは屋号だそうだ。屋号なんてすごい老舗っぽいと言ったら、いやいやと笑って手を振られた。
「古いだけでさ。継ぐ気ないし」
「どうして? 家業なんでしょ」
「だってまだ遊びたいじゃん? お袋うるさいし」
軽い。
すごく軽い。
おまけに酒に弱い。
たかだか一杯の水割りで、鼻を真っ赤にして彼はカウンターで潰れてしまった。みんながカラオケで騒いでいる間もすやすや寝ている。風邪をひかないかしら。
気になって上着を背中にかけてやったジルは、手首を握られた。薄目をあけた彼が笑いながら、口元に指を一本立てている。
「起きてたの?」
「しーっ、カラオケ苦手でさ。ナカさん、絶対歌えって言うんだもん」
もん、なんてかわいらしい語尾が似合う軽い男。
なのにどこか、強したた かさも感じさせる男。
「ジルちゃんてきれいだねぇ」
「きれい?」
「すっごい美人さん。ねえ、ナカさんといい仲?」
真正直に首を振ったら、手をぐっと引き寄せられた。
「だったら僕が好きになってもいい?」
魅せられたのは目だった。
絶対やめといた方がいいって、理性は叫んでたのに。
つくづく。
「まだまだウブだったわよねぇ」
「んー? しーちゃん、なんつったぁ?」
「なぁーんにも」
「うんん」
酒に弱いのだけは嘘じゃなかった。ビールは一杯、ロックは無理、日本酒はお猪口に三杯がいいところ。鼻の頭を真っ赤にしてすぐ眠りこけてしまう、保たもつ 。
あんなに色々あったのに、結局また彼と一緒にいるなんて。
懲りない自分がおかしくなる。
それから嬉しくなる。
「ねえ、布団で寝ないと」
「うーんん……」
もう。
「……しーちゃぁあん、好きだよぉ」
時雨しぐれ という名前をそんな風に、甘ったれて呼ぶのは彼だけ。
もうもう。
私もあなたが。
「大好きよ」
そっとのぞきこんで囁いたら、彼がぱちっと目を開けた。
「知ってるよぉ」
嘘。
ほんとにこの人は、侮れない。
真っ赤な鼻したあなたは、サンタで策士で最愛の人。
これからはずっとそばにいて。
でないと承知しないから!
ジルにつねられて、保が幸せそうに「むにゃぁ」と鳴いた。
< My sweet santa、 You / end >
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