「クリスマスまでまだ十日もあるのに、シャンパン？　しかもお子様用って、何だよ」
羽矢は思わず笑ってしまった。

期末テストが終わるとすぐに成績表の作成に移る。忙しい師走。
家族とご飯が待っている家は、しみじみありがたいよな。

そう思いながらも帰宅したとたん、「見て見て」と愛しの奥さんに小さなボトルを差し出されたのだった。コンロの前に戻った美琴が左手に味噌汁椀、右手にお玉を持って振り返る。


「だって可愛いんだもの。つい手が出ちゃったのよ」

可愛い？
かもしれない。

高さはいわゆるワインの半分ぐらい、内容量は三分の一程度だろう。ボトルはお腹の出たサンタの格好をしていて、飲み口には顔にひげまでついていた。

「トナカイの顔もあったの。迷っちゃった。理子にはまだ見せてないから」

一人娘の理子はもう小学校二年生。日々どんどんおしゃまになって、母と対等にしゃべる様子は末恐ろしい。女の子ってこうなのか、それとも理子が特別なのか。なまじ頭の回転が速いから困る。それでいて可愛いものも大好きだという。女の子は謎だ。

「でもお子様用ってどんな味だと思う？」
「甘い奴だろ。昔でいうと赤玉ワイン」
「なにそれ」
「知らない？」

しゃべりながらも着替えをすませ、やっと羽矢は食卓についた。空きっ腹に味噌汁がしみわたる。うまい。鶏肉と野菜の煮物に、小松菜のお浸し、大根と水菜とベーコンのサラダ。メインはぶりの照り焼きだ。ごはんがうまい。

先に寝た理子と食事をすませた美琴は、前に座って一日の出来事をあれこれ話す。その間もずっとサンタボトルを手に持ってこねくり回している。よほど気になるらしい。

「飲んでみれば」
「うん？」
「飲んでみたいんだろ」
「うーん、でも」
「理子の奴、舌がこえてるから。まずいと飲まないぞ」

いいわけを与えているようで、事実でもある。あの舌はおそらく母親譲りだ。去年、サンタさんにお願いしたのは、自分だけのマイ包丁だった。つくづく強者。

「うまかったら明日、トナカイの方を買ってくれば」
「そっか、そうよね」

納得した美琴がグラスを持ってくる。さすがに子ども用だからコルク栓じゃない。メキメキっという音とともに栓をあけて、羽矢がグラスに注ぐ。甘い香りが漂った。ピンク色のお子様シャンパンを、美琴がおそるおそる味見する。

「どんな味？」

そう聞かなくてもわかった。
にんまりした笑顔。

「美味しい」

一日の終わりにこの顔が見られれば、毎日がクリスマスだ。
羽矢は思った。


よほど気に入ったのだろう、ソファに移ってちびちび飲んでいる美琴をおいて、羽矢は風呂を浴びた。出てみたら美琴が撃沈していた。グラスにせいぜい三杯かそこらのしかもアルコール抜き、言ってみれば甘い炭酸で？

「ほんっと酒弱いよなぁ」

羽矢は苦笑した。理子の方がきっと強い。あいつはママ譲りの舌と、祖母譲りの肝臓まで備えている気がする。最強だ。

自分にとってはいつになっても美琴が最強だけど。


食器を洗い終えてから、羽矢は美琴を抱き上げた。ぐっすり眠り込んでいる。酔っただけじゃなくて、仕事の疲れもあるんだろう。年末だから。

「お疲れさま、奥さん」

こめかみに軽くキスすると美琴がにんまりした。さっきの笑みとそっくりでまた、笑ってしまった。襲うぞ、こら。


きっと明日、彼女はトナカイのボトルを買ってくる。
クリスマスには二つボトルを並べて、理子と飲むのだろう。
それを眺めて楽しむ自分も見える。


テーブルの上。
ふたりを見送ったサンタのボトルが、淡い光をはなっていた。





　　　　　　　　　　　　＜　Champagne for Mikoto　　 ／　end　＞