川沿いにあるキャンパスは珍しいかも知れない。
いわゆるウォーターフロント。川の見えるテラスはキャンパスから一般道へつながっている。
昼時は近くのオフィス街からも人が流れてきて人種が入り乱れる。気軽な学生。派手な女子大生。リーマンにＯＬ。ここでカレカノを捕まえた奴もいると聞いた。ありえる。年上年下取りそろってるし。
つまり、きっかけはなんでもいいんだ。
たとえばPoohさんだって。
「一星、帰るのか？」
「おう。またな」
「おまえ、単位落とすよ」
「そんなボケ、やんねーよ」
友達と別れた一星はマウンテンバイクをテラス横の歩道へ向けた。
昼食時は過ぎたから学生はともかく社会人は少ない。ＯＬさんも。それでもテラスについチェックを入れるのは男のサガって奴だ。今、俺の好みはたった一人に限定されてるってのに。
小柄でバランスの良いボディ。しっかりまとめてるけど柔らかそうな髪。メリハリな色遣いの洒落たスーツ。歩き回るくせに、折れそうなピンヒールを履きこなす強くて綺麗な足。可愛い目元を覆ってるシャープな眼鏡。
そんな人がいたら、つい目がいくに違いない。
たとえば−あれ？
ベンチに学生と並んで座り、ナンパをあしらってる感じの彼女。
急停車させたマウンテンバイクを一瞬で方向転換すると、見覚えのある後ろ姿へ一星は突進した。
「姫っ？」
ベンチにゆったりもたれていた背中がビクッと反応して振り返る。信じられないって顔で。
「一星？ なんでここに？」
そりゃこっちのセリフだ。
姫のそばに立っていた連中が、俺を見てゲッて顔になった。知らない奴らだけど俺の顔は知ってるようだ。ちょうどいい。俺はニカッと笑った。
「悪いね。この人は俺のだから」
「ちょっ、何言ってんの」
「嘘だろ」
頭集めてごにょごにょ言ってすぐいなくなった。よしよし。一人頷いていた一星の、後ろからやばそうなオーラ。
「一星。あんたってなんか悪事やってるのね」
「どういう意味？」
「あの反応見たら誰でもそう思うわ」
「単に名が売れてるだけ。不本意ながら」
「だから、なんで売れてるの」
「んー。まぁいろいろ」
そう言いながら彼女の横に腰を下ろす。一段と注目されてるのを感じる。今のやりとりのせいか、俺のせいか。いや、姫のせいかな。
彼女は間違いなく仕事の合間。こんな時間に昼食とは相変わらず忙しい人だ。洒落たレストランでも入れそうだけど、ベンチでサンドイッチかじっててもサマになるところがいい。かじりかけのサンドイッチとペットボトルだってお構いなし。
自信があるから彼女は人を惹き付ける。光ってる。
ついニマニマしてる俺を、胡散臭そうに姫が見返す。
「ねぇ、まさかあたしをストーカーしてない？」
そうくるか。
まぁ確かに。こんなところまで出逢っちゃね。
「姫ならやりたいところだけど」
ビキッと眉が寄る。それも楽しいって言ったら……またグーか。
「彦根くん？」
振り返ると顔はわかるけど名前の分からない女の子が数人。こういう奴ばっかりでちと食傷気味。にこやかに話しかけてくる。
「ナンパ？」
聞くかな普通。そりゃそっちだろ。
「いや。好きな人」
「……え？」
「一星っ、あんたねっ！」
姫の真っ赤な顔は怒りか。でも見ようによっては照れにも見えるし。
「えっと」
「用じゃなきゃ、バイバイ」
「あ、うん」
ニカッと笑って手を振ったら、仕方なさそうに去っていった。ああ、すっきり。
「やっぱり大学生よね」
「そう見える？」
「見えないと思うの？ そんな派手な格好」
今日の一星はジーンズにディパック。モザイク模様のＴシャツは古着屋のおすすめ。マウンテンバイクとディパック、スニーカーは赤のそろい。つまり。
「赤キチガイ」
「目立つから。混んだ車道とかすり抜けるのに有効」
「危ない奴」
「へーきへーき……やば、時間」
遅れちゃまずい。あわててバイクにまたがった一星は、グイッと前輪をもちあげ方向を変えた。名残惜しいけど。
「飯の邪魔してごめん。でもラッキーだった。今度はちゃんと会いにいくから」
「来なくていい」
「またまたぁ。待ってるくせに」
スッとのばした首。かすめた唇のツナサンドの欠片をなめ取る。
「っ……うぬぼれやっ！」
おっと。やっぱグーだよ。ほんと容赦ない。
そこがいい。
「自信家といってくれ。じゃなっ」
グンと踏み出した一漕ぎであっという間に彼女は遠ざかった。後ろ髪引かれるってのはこのことだ。思い切りよくいかないと、いつまでもまとわりつきたくなる。
わずかしか知らない人。でも何より魅力的な素顔。求めてるのはそれだけ。
わかっていれば焦ることもない。
唇に残るツナの味に、またひとつ彼女が見えたようで。
遅れそうな時間にやばさを感じながらも、
一星は口笛を吹いていた。
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「ランチタイム」