突然止まった一星にぶつかった。

「ちょっと、どうしたの？」
光姫はひょいと横から前を透かした。立ちふさがるように女性が一人。

さっき会った彩芽や光姫自身よりも年上だろう。どこか年齢不詳。でも若々しい雰囲気だ。シャツにジーンズ、スタッフエプロンでショートカットにバンダナのその人が、顔を出した光姫をじっと見る。

かばうように一星が遮る。眉根が寄ってる。

「天川さんなら中だけど」
「ううん」
「……わざわざ見に来たの」
意味不明なセリフが往復する間、視線は光姫と互いで三角形を描く。一星の緊張が伝わってくる。

「彩芽が教えてくれたのよ。だって。逢わせてくれるつもりなかったでしょ」
無言の彼から滲む不機嫌。


誰だろう。仕事って感じじゃないし。
まさか元カノ？　いくらなんでもそれはないか。

あれこれ悩みかけたら又ひっぱられた。

「一星」


彼女の呼びかけに応えない彼。二人で飛び乗ったエスカレーターは下っていく。隣に並んだ光姫は彼の顔を睨め付けた。疑問を残すのはごめんだ。

「誰なの？」
「Snow　Rabbit　のボス」
一言だけでむすっと知らんぷりを決め込もうとするが、光姫の顔つきに一星は諦めて言葉を継ぐ。


「俺を　　　産んだ人」


「え。それって……お母さん？　ちょ、なんでそれを先に」
あわてた光姫が振り返ってもとっくに姿は見えない。
「いいんだ」
強い口調にそれ以上聞けなかった。



強情さはいい勝負。まだまだ未知の領域が多い相手が、もどかしくもあるけれど。今問い詰めないのは諦めたわけでも、投げやりなわけでもない。腰を据えたからよ。

あなたと、この想いに。

ねえ
覚悟はいい？



エスカレーターが終わる。踏み出すと同時に光姫は彼の腕にぶらさがった。びっくりした顔を見上げて悪戯っぽく笑む。
「せっかくだから。デートっぽいところにも行きたいかも」

一星の眼が柔和に細まる。氷が溶けたあとにできる水たまりが映す空みたいな、明るさ。

「任せて」


相手と自分。知っていることと知らないこと。
酸いも甘いも全部ひっくるめてとにかく、正真正銘。
恋人同士の日々はこれから。

始まる。