一星に。
初めてpoohさんを差し出された時。

認めはしなかったけれど自分にしるしが打たれた。
「運命」という言葉は憧れても実感がないなら、せいぜい「予感」ぐらいが適当か。でなければ？

そうだ。
「期待」


『営業の姫』としていつのまにか名を馳せたのは光姫自身の力だ。努力すれば結果を得られる事には安心感があった。求めても求めても得られないものがある。差し出されても受け取れないものもある。

合致することの幸運に恵まれることがなかった。
ずっとずっと。



リビングのラグマットは毛足が長くて柔らかな肌触りだ。冷たいフローリングから守ってくれる。コットンシャツの下、黒いランニングを来た一星が光姫と天井との視界を遮る。日焼けした首筋。

同じ年頃の多くとは異なり一星は装飾品をしない。ピアス。ネックレス。ブレスレット。リング。何もない潔さが、かえって男性らしさを感じさせる。

昼間わけを聞いたらあっさり答えた。
「土をいじるのに邪魔だから」

彼の中で最優先されるのは緑と花だ。注がれる地味だけれど大きな情熱を改めて実感した。同時に湧き上がった感情。馬鹿らしくても打ち消せなかった嫉妬が、教えてくれる。

求めて、差し出される幸運にやっとめぐり逢えたことを。


ならば何者にも負けるまい。
彼の中で一番にならなくては。
たとえライバルが情熱の源・ものいわぬ植物であろうとも。


じっと見下ろす彼の顔へ手を伸ばす。くっきりした頬骨をたどって髪へ指を差し入れる。引き寄せようとすると一星が肘を突いて距離を保った。
ニコリともせず真顔で見つめ合う。

「一目惚れじゃない」
「あら残念」
「どこからか飛んできたんだ。種が」
このタイミングで尚、緑の話かと光姫が眉をひそめる。

「少しずつ陽を浴び水を吸って芽を出した。気がついたら根を張って占領されてる」
軽く触れた唇。鼻がこすりつけられる。喉元を噛まれる。

「俺がつくる緑全てが呼ぶんだ。あなたを恋しがって」
囁きが網のように光姫の全身を絡め取ってしまう。

「俺に。あなたの心をくれる？」

「心だけ？」
精一杯の強がりが、息を殺していた一星をホッと緩めた。

「そりゃ身体は言うに及ばないかと」
「ツメが甘い」
「厳しいな」

髪をまさぐっていた指をさらに伸ばした光姫は、彼の首に両腕を回して距離を無くした。


「全部あげるから。全部頂戴」

全てを。


名前そのままに輝く彼の瞳が光姫を貫く。


これは賭け？　願うのはつり合う心。
勝ち得てみせる。
負けない。花にも草にも。彼自身にも。


同じ重さで求めあえる悦びに、心も身体も。
震えた。