週末のピーカンでも朝９時は大人のデートの時間じゃない。
わかってるけど、だからって。

仏頂面の光姫を乗せて走るピックアップトラックはどうみても仕事用の代物だ。『 Rabbit Field 』というロゴの横にウサギのイラスト。綺麗な赤色がせめてもの気分とはいえ。

駅前でクラクションを鳴らされた時は我が目を疑った。


「おはよう姫。乗って」

ラフな服装でよかったと思った。サファリ風シャツにジャケット。カーキ色のパンツ。それなりにお洒落なつもりだが辛うじてトラックでも似合わなくもないだろう。何を着ようと散々頭を悩ませたなんて口が裂けても言ってやるものか。


助手席の乗り心地はともかく、走り出してすでに１時間半。ハンドルを握った一星は口数の少ない。同じくだんまりの光姫を気にもしない様子でそれがまた癪に障る。

そっぽをむいた先の窓を流れる道筋から郊外へ向かっているのはわかる。自分の車でくればよかったと光姫は後悔した。思い切り飛ばせばきっといい気分だったろうに。

トラックは赤信号で止まった。


「姫」

ボーッとしていたせいか反射的に振り向いた光姫の唇に何かが触れた。これも反射的に開けた口内へ彼の指が押し込んできたのは飴玉。突然のことに為されるがままの光姫。対する一星は無表情。なのに。

探ってくる指。上あごと下あごの歯裏。舌の味蕾。感触がゾクゾクと身体の芯へ熱を落とす。指の腹で上唇と下唇をなぞられて思わず顎を引く。同時に引いた指先をペロリと舐めた一星は、信号が変わると同時に車を発進させた。

「なっ……」

文句を言いたくても出てこない。勝手に紅潮する頬に苛立ちながらも、彼の眼に見えた冷たい痼しこ りが気になる。結局フロントガラスへ向くしかないのも悔しい。

「どこへ連れてくの。いいかげん教えてくれてもいいでしょう」
「俺が行きたいところ」
「はぁ？」
「いーじゃん。負けたツケを払いに来たんだし」

つくづく服装に悩んだのがバカみたいだ。さらに降下しかける光姫の機嫌を知ってか知らずか、彼は続ける。

「少しはさ。知ってもらおうと思って」
「何をよ」
「俺のこと、強制的にでも。姫は……興味ないかもしれないけど」

声音に潜んだ苦々しさにハッとした。真横から見る一星の端正な横顔は口元に笑みがない。いつも光姫に向けてくれる、優しいあの。

『何一つ知ろうとしないじゃないか』


唇を噛んだ光姫は、前へと視線を戻しながら呟いた。
「興味はあるわよ。　……少しは」

途端に凄い勢いでこちらを向いた一星に光姫があわてた。
「バッ、前！　前見て！　まだ心中する仲じゃないわよっ」

大きく見開いた眼の中、硬く痼しこ っていた何かが割れた。そこから広がる微笑みと喜びが、彼の表情全てを変えていく。久しぶりに見る柔らかな優しさに光姫の胸が動悸を打った。

「まだ、ね」

こだわってるようで口調に戻ってきた余裕。いつのまにか慣れてしまっていた。まっすぐな彼の想いに包まれて安堵してる自分。認めるしかない。

そう、こんな彼に会いたかったんだ。


対向車がクラクションを鳴らす。
「っ、だから前！」
「了解了解。その代わり。少しじゃなくてもっと知りたがってよ」

さっきと同じ横顔、でも明らかに違ってる表情。見慣れた笑みが光姫の鼓動をさらに煽った。

今日という日への期待と共に。