勝てるわけなかったのよね。


思い出すと募るイライラを全て仕事へぶつけたこの数日。おかげで馬力がかかり捗はかど ることこの上ない。リミットにどうにか間に合いそうなのを喜ぶべきなんだろうか。

わずかな休憩。手にした紙コップのコーヒーに廊下の電灯が映っている。



盛り上げるだけ盛り上げてくれたギャラリーには申し訳なかったが、勝負は即座についてしまった。やっぱり獲れなかった光姫と一発で吊り上げた一星。まさに出逢った夜の再現だった。

「はい俺の勝ち」

憎らしいくらい綺麗な笑みと共に差しだされたpoohさんの愛らしさ。場もわきまえず緩みかけた頬をあわてて引き締めて光姫は押し返そうとする。

「何これ」
「あげる」
「だって」
「約束の担保ってことで。渡しとけば万が一バックれることもないだろ」
短いつきあいでどうしてここまで性格を読まれているのやら。断り切れないことまで。

「賭けは賭けよ。つきあえばいいんでしょ。いつ？」
「今忙しいんだろ。時間ができるのは？」
仕事のリミットが月末金曜だと告げると、一星は翌土曜を指定した。

「詳細はメールでいいよな」
そう言いながら一星は光姫の背中を押した。訝しげに光姫が見上げるても知らん顔で外へ促す。いつもの１００倍そっけない。

「タクシーつかまえてやるから。もう帰れ」


ギャラリーが手を振る。儲けたのは誰だったのか。結果はともかく深夜のイベントとしては文句ない面白さだったに違いない。

「またな、ねーちゃん」
「もうちょい練習して来いよー」
「今度リベンジなー」

poohさんと一星に挟まれた光姫は苦笑いしかできなかった。


その後連絡はない。仕事を慮おもんばか ってくれてるのかもしれないが逆に落ち着かない。そのくせこうしてしゃかりきに仕事を終わらせようとしている自分。矛盾してると思っても。

「負けたんだからしょうがないわよ」
一星が読んだとおりの性格なのだ。家に帰るとかのpoohさんに出迎えられるし。


それにしても光姫には疑問があった。あの日見たバラの女性と一星の関係。あの格好は真面目なつきあいにしか思えない。なのに悪びれもせず自分を誘ってくるのは単に図々しいんだろうか。

断れない自分も自分だ。聞きたいが聞きたくない説明。仕事を終わらせないとその機会もない。休憩を打ち切った光姫は再びエネルギーの全てを仕事へと集中した。



リミットの日。無事に契約は整い、仲間と軽く祝ったあと帰宅した光姫はメールを送った。一星に初めて。

『仕事完了』

用件のみのそっけなさだがあれこれ考えるのも媚びるみたいで嫌だった。十分意図は伝わるはずだ。送信ボタンを押した光姫は緊張しながらベッドの上で身構えたが。待てど暮らせど携帯は鳴らず次第にまぶたが重くなる。

いつのまにか眠っていたらしい。手の中の振動にはっと目覚める。あわてて開いたメールは確かに彼からのものだった。


『明日朝９時。近くの駅前で』

ホッとしたことも微笑んでいることも自覚せぬまま光姫は思いめぐらす。デートはそれなりにこなしてきたけれど彼が相手だと何の予想もできない。期待と不安を秤に掛けたらおそらくイーブン、見事に釣り合いそうだ。

眠気はとうに霧散している。光姫はその後、何時間も天井を睨む羽目になった。いわば諸悪の根源であるpoohさんを抱きしめながら。