夕方会った時とは一星の服装が違った。
Tシャツにジャージ。ラフというより室内着に近い。しかもサンダル。
やけにリズミカルだった裸足の指先。
「まーさかまたいるなんてさー」
ユラユラと身体を揺らしながら間延びした声でしゃべる彼。
いつもの切れがない。らしくない。顔色は変わらないが赤い目元と鈍い動作。
「酔ってる?」
「んー?おねーさんがー?」
「違うそっちが」
「おねーさんもじゃーん」
言われて否定はできないが気に入らない。身体を傾けた一星は視線ごとクレーンBOXへ向き直った。
「またここかー必ずここだねー、姫はー」
「は?」
「いっつも酔っててーいっつもはずしてー、寝てんのー」
「ね、寝てなんか」
「寝てたじゃーん」
「あー兄ちゃんあんときの」
ギャラリーから声があがった。
「ねーちゃんの取れなかったヤツ一発で取ってみせた、あのにーちゃんか」
「おう俺も見たわ。そっかぁ」
ガヤガヤ聞こえる話の断片で記憶を繋ぎ合わせようとする光姫。一星は意地悪そうな笑みになった。
「そー俺うまいんだー。おねーさんへたくそなんだよなー」
ムッとした光姫を平然と見返す。冷たい目が妙に痛い。
「とったの見たことないしなー」
「失礼ね。これでも取るときは取るのよ」
「いくらつぎ込んでー?」
「なんですって」
煽られてるとわかっても腹が立ってしょうがない。
「なー俺とおねーさんどっちがうまいと思うー?」
「そりゃなぁ」
「うーんやっぱし」
「そのー」
周囲の疑わしげな眼がさらに拍車だ。こんな年下のいい加減男にバカにされるいわれはない。光姫の頭に血が上る。
「いいわ、賭けるわよ!」
気づいたら叫んでいた。ピッとひとさし指を一星の真正面に突き出して。
「このクレーンで交互よ。同じ回数やって相手より先に取るまでサドンデス!」
「受けた」
一星の口調が変わった。間延びがなくなって身体が揺れなくなる。笑みだけは変わらない。腹が立つ。
「あたしが勝ったら二度とその顔見せないで!」
オーッとどよめいたギャラリー。言った瞬間に後悔が過ぎったのを無視する。怒りと勢いが光姫を支配していた。ピクッと眉を上げた彼はしかし、表情を変えない。
「じゃあ俺が勝ったら」
「勝ったら?」
「俺に一日つきあうこと」
唖然とした光姫がまじまじと見る彼の顔。読もうとしてもその心は隠されていてわからない。
「自信ないんだろ。やめるなら今のうち」
「や、やめないわよ。冗談じゃないわ」
「じゃあ賭けは成立」
この性格が墓穴だと言われたっけ。思い出すのが遅すぎる。言い出したのは自分だ。どうあってもやめるわけにはいかない。
テレビドラマなら差詰めクライマックス。主題歌が流れ始めているだろう場面はどちらかといえば西部劇の対決シーンそのもの。
向かい合う二人を囲んで、ギャラリーのあちこちから掛け金を誘う声が飛び交っていた。
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