まっすぐ帰れと念を押されて頷いた。
「ええな。寄り道するんやない」
まるで子どもに諭すようなマスターはいつものことだがおかしかった。もう腹は立たない。
「すぐタクシーつかまえるんやで」

確かにそのつもりだったのに。



気づいたら騒音とまばゆい照明の下で小銭をさぐっていた。焦点のぶれる視界には見慣れた四角いボックス。透明なガラスの向こうのクレーン。獲物は大きくて難しい。さぐりあてた百円玉が２枚音をたてて吸い込まれる。

よし！
光姫は酔った頭で可能な限りの気合いを入れた。


「おー、久々じゃん。あのねーさん」
「深夜のアイドル復活か？」
「よっしゃ、そこだいけ！」
真夜中に膨らみ続けるギャラリー。そのど真ん中の光姫はボタン操作に真剣そのもの。

（もうちょい右。行き過ぎ？　奥。ちがうー手前。　あぁバカ）

クレーンの手は目的を掠め空気だけをつかむ。
「あ〜」
どよめきもすでに何度目かわからない。その声がまた人を集めるのもお構いなし。光姫の意識は目の前にしかない。

前から欲しかったプーさんはケープと手袋をつけ愛らしいが、かなり大きく思うようにいかない。

「ちょっと！誰かこれ崩してきて！」
「は、はいっ」

迫力の命令形に逆らったりくすねたりする命知らずはいない。軍隊調の返答と共にお札は硬貨となって正確に届けられるがすぐ消えていく。最後の硬貨を投入したクレーンがまたも宙をつかんで。

「あ」
「あーあ」
「あーーっ！もう！！」

ギャラリーの誰より大きな声で怒鳴ったのは光姫自身だった。ダン、と拳で叩かれるガラスに周囲がヒヤっとする。
「何なのよ。クレーンまでバカにして！」
泣いてこそいないがかなりヒステリックでギャラリーをおろおろさせる声だ。

「ねーちゃんまぁ落ち着け」
「そうそう。たかがゲームだし」
「俺なんかいっつもすってるぜ？」

「酔ってなきゃたぶんもっとうまくさぁ」
「酔ってるわよ！　酔ってて悪い？」
キッとふりむいたきれいな顔にみとれながら周囲が呻く。
どうすりゃいいんだ。


「おねーさん八つ当たりー？　みっともないよー」

その声は光姫の心の何かと重なった。
何が。　声？　言葉？
どこで。
いつ？


声の主をもとめて割れていくギャラリーはモーゼの十戒に似てる。古い映画は結構好きだ。
ぼんやりさまよいかけた思考は相手を見た途端ふっとんだ。

「また会っちゃったなー」

湧き上がってくるのは怒りと認めたくないが同じくらいの強さの「会いたかった」という思い。

それらとは別次元で記憶が訴えてくる。
前にもあったこんなこと。稲妻のように甦る光景。


突然降ってきたpoohさん。
差し出した相手の顔。それは確かに。


混沌とした記憶を抱えながら光姫は立っていた。
あの時と同じ、一星の前に。