それからマーチンは幾度かギイを見かけた。店を開く時間帯に物陰に潜んでいる。あの美人を待っているのだろうとマーチンは思った。

美人のキャリアウーマンとスラムの少年。奇妙な取り合わせだが、自分が関知することではない。ギイも近づこうとはしなかった。待っている自分をみられるのが嫌だったのかもしれない。


マーチンの露店にあの美人が現れたのは一週間してからだった。
「ハイ」
「よう」
応えながら思う。彼女には一度会うと忘れられないインパクトがある。
ばらのような。

「こないだはありがとう」
「いや。伝えたぜ」
彼女の目が輝いた。
「ほんと？」
「もちろん。ほら」

しゃがみこんだ彼女が肩越しにふりかえったそこにギイがいた。無表情の下に隠した興奮をマーチンは見抜く。立ち上がった彼女の笑顔と対照的だ。

「ずいぶん遅かったじゃないの」
「馬鹿だろあんた。戻ってくるわけないのに」
「そう？　でもこうして会えたし」
「だから」
「コーラは？」

悪びれもせずギイは肩をすくめる。
「とっくに飲んじまったよ」
「そりゃそうね。じゃあまたお願い。一時間もいられないけど」

そう言ってのばらはまた二ドル差し出した。無表情を少しひきつらせてためらったギイは、二ドルをつかむと背を向け遠ざかっていく。お節介と思いながらマーチンは言った。

「戻ってこないんじゃん、あれ」
「くるわよ」
彼女の答えはあっさりしていた。

「一時間じゃ足りないかもしれないけど」
「へえ」
「伝言はその日に伝えられたんでしょ」
確かにそうだ。来ないのが普通なのにギイはそうはしなかった。

「信頼は一朝一夕ってわけにはいかないわ」

面白い美人だなとマーチンは思った。もしかしたらギイは運に恵まれたかもしれない。どんな運かはまだわからないが。


ギイが戻ってきたのはのばらが去ってから十分後だった。
「また今度、だとさ」
「何考えてんだあの女」
「そんなこと言うけどおまえ、彼女がいなくなるのを待ってたろ」

しかめつらをしたギイは図星を刺されたのが嫌だったのか、そのまま立ち去った。なんだろうなとマーチンは首を傾げる。でもまあ、ここはニューヨークだし。何が起きても不思議はない。だから面白いよなとマーチンはつぶやいた。





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