その後も二回、一週間もしくは二週間置いて、のばらはギイに会った。会うたびに二ドル渡してコーラを頼む。そのたびにギイはのばらに待ちぼうけを食らわせた。

彼に何を期待して待ち続けているのか、のばら自身もよくわからなかったが、そうしたかった。彼が来なくなったらやめればいい、などとのんきなことを思って。


五度目は雨だった。のばらの傘は鮮やかな花模様だ。露天のマーチンはいない。確か低気圧が接近中で夜に向けて嵐になるとか。今日は無理かしらと思ったが、ギイは来た。

「懲りないなあんた」
「あなたもね」
「俺はタダで二ドル稼げる」
「もう八ドルになったわけね」

頷くのばらにギイの無表情からいらだちがのぞいた。
「恵んでるつもりか」
「私はお遣いを頼んでるんでしょ」
傘の下からのばらは二ドル差し出した。

「待ってるわ」

むしり取るように二ドルつかむと、ギイはいなくなった。今日が正念場かもしれない、そんな気がしたのばらだった。


物陰に隠れてギイはのばらを見張った。二度目からずっとそうだ。なんでこんなことをしてるのか、自分でもわからない。

風も雨も強くなる一方だ。さっきから何度も傘を飛ばされそうになりながら、彼女はそこに立ち続けている。美人の待ちぼうけは目立つ。声をかける男もひとりやふたりじゃないが、どれもこれも袖にしてもう二時間。

待っている。
自分を。

なんでだ、どうして。どうせ戻ってきやしないのは彼女だってわかってるだろうに。今日はいつになっても帰る気配がない。それとも来ると思ってるんだろうか。

ぴゅっと突風が吹いた。
「あっ」

花模様の傘が飛ばされた。見送って肩をすくめて、安くは見えないスーツを全身びしょぬれにして。

それでも彼女は動かない。いつも彼を待つ場所から。
ああ、畜生。

コーラをにぎりしめ、大きく深呼吸したギイは、物陰から彼女のいる場所へと踏み出した。



「底抜けのバカだな」
「遅すぎよ」

ようやく現れた待ち人が差し出したコーラを、のばらはその場で飲み干した。冷えた体で身震いしそうだがかまいはしない。初めてギイが持って来てくれたのだから。

「おいしい」
「嘘つけ」
「そうね、ちょっと冷えすぎ？」
「風邪ひいても知らねえぞ」

「ひかないために温まらなきゃ。つきあってよ」
「俺も？」
「コーラを持ってきてくれたお礼に、おいしいピザをごちそうするわ」

不意に、ギイの顔が変わった。泣きだしそうな幼い表情。驚きながらも見ない振りで、のばらはその手をつかむ。

「行くわよ、ギイ」
「オギ」
「え？」
立ち止まって振り返ったのばらを、まっすぐ見上げて彼は言った。

「ギイは仇名だ。ほんとはオギって言うんだ。変な名前だろ」

目を丸くしたのばらは尋ねてみる。
「お父さんかお母さんが日本人？」
「……親父の親父が日本人だったらしい。どっちもとっくに死んじまったけどな」
「お母さんは」
「さあ。会ったことねえよ」

淡々とした口調が悲しい。のばらは明るく語りかける。

「オギっていうのは日本の植物よ。すらっと伸びて夏から秋にふわふわした長い穂をつけるの。水辺にたくさん群れてるわ」

初めて聞く話だろう、オギの顔が驚きでいっぱいになる。

「私たち、どちらも植物の名前ね。のばらと荻。すてきじゃない？」

そこで彼が浮かべた表情にのばらは息をのんだ。なんてきれいな笑顔だろう。輝くような。

ああ、と腑に落ちる。
自分はこの子に笑って欲しかったのだ。信頼の証として。


「だめ、寒い。ピザとコーヒーだわ、早く」
「ビールは」
「未成年に飲ませるもんですか」
「ケチ」
「なんですって」

初めて聞く荻の笑い声がのばらの耳をくすぐる。
のばらも笑った。
嵐の中、手を繋いだふたりは笑いながら走っていった。



十ドルの信頼はその先、揺るがぬ関係への土台となるのだが。
どちらもまだ、それは知らない





　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＜　１０　dollar　trust　＞