後編：26. 言の葉 千早×志緒 （軌跡・モザイクカルテット）＜Home＜３０のお題メニュー ＜24. たばこ ＜08.留守番電話
後編：26. 言の葉 千早×志緒 （軌跡・モザイクカルテット）
ーーうさぎは寂しいと死んじゃうんだってーー そんな話をしてくれたのは、決まって曽根田さんだ。 古くから居る看護師。実は志緒の母親。 彼女が話したうさぎを不思議に思いながらも、俺は密かに共感した。 言の葉を持たないうさぎでも、 「寂しい」という感情がわかるのだろうか。 名前のないその感情に、やっぱり押しつぶされるのかと。 「好き」と受け入れることも。 「嫌い」と拒絶することも。 たった一言。 その言の葉で、全てが変わったりする。 人は単純で、複雑だ。 こんなに家族から離れてしまった理由はよくわからない。 出来の悪い末息子。そんなことよくある話だろうに。 ただ。覚えているのは。 「先に産んだ二人に、いいところ全部あげちゃったのね。 三人目を産むつもりなかったし。 だからあの子に欠点ばかり集まったのかしら・・・しょうがない子」 華やかで派手だが、あまり頭の良くない母は、 自分によく似た俺が嫌だったのだろうか。 俺を見る時はいつも眉間にしわが寄って、俺には綺麗に見えなかった。 この年になって少しわかることは、母の父へのコンプレックス。 何かといえば外出していたのは今も同じ。 「あいつには期待しない方がいいな。二人のスペアにもならん」 昔から続いた病院をこれからも続けていくことに、 父は全てを注いでいる。 優秀な兄二人とは早くから区別された。それもまた今と同じ。 病院は父と看護婦さん（当時は看護師とは言わなかった）の聖域で、 要領の良い兄二人はともかく、俺がちょろちょろすると怒られてばかり。 そのくせ、勝手にいなくなっても怒られていた。 「いいか。寄り道するなら電話しろ。帰る時間と居る場所。必ずだ。」 父の命令は絶対だった。でも電話したって出る人はいなくて。 聞こえるのは留守番電話の人工的な声だけ。 そのたびに受話器をたたきつけたくなったけど、 帰ってゲンコツが飛んでくるのと、どっちがマシかはわかりきっていた。 毎日毎日、留守番電話に帰る時間を告げた、小学生の頃。 ある日。 学校で具合が悪くなった俺は、保健室で熱を測られた。 ３８度７分。立派な熱だ。震えがくる。 「おうちに電話して、迎えにきてもらいなさい」 言われるままに電話した相手は留守電。 家の人が来るまで寝てろと言われて、保健室のベッドに横になって。 先生の声に起こされたら日が暮れかけていた。 「おかしいわね。お迎え、どうしたのかしら」 俺のどこかが軋んで欠けた。 病院の方へかければいいとはわかっていても。 「先生、ちょっと楽になったんで一人で帰れます」 帰り道の夕焼けがゆらゆら揺れて燃えていた。 熱に浮かされた視界と体。真逆に凍える心。 支えていたのは意地。 開けた玄関で、飛び出す直前の曽根田さんと出くわした。 昔から病院にいる看護師の彼女は、たまに家事もしにきてくれる。 同い年の娘がいるせいか、俺が家族よりも心を許していた人。 「千早くんっ？ 今、留守電聞いてね、あなた熱・・」 あわてまくっていた彼女の様子に、気が緩んだ俺は倒れ込んだ。 「千早くんっ？」 「・・・そ・・・ねだ・・さ・・うさぎに・・・な・・・りそ・・・」 「千早くんっ、しっかり！」 ３日間寝込んだ俺のそばに、居てくれたのはやっぱり曽根田さんと。 それから泣きそうな声。。握りしめてくる小さな手。 「ちはや・・・・？」 知るはずのないうさぎのぬくもりに似ていた。 その後、携帯電話を買ってもらってから、留守電は一度も使ってなかった。 言葉は相手に伝わるから意味がある。 あてにならないメッセージなんてしたくない。 志緒。 違うか？ おまえと話したいんだ。必要なんだって。 逢いたいんだ。逢えないと寂しいんだ。 寂しいとさー。 ガンガンっと戸が叩かれる音で目が覚めた。 いつのまにか眠ってた。インターホンは鳴ったかもしれないが。 凄い勢いで叩かれ続ける扉。 俺が借金していたなら、間違いなく借金取りだと思うに違いない。 寝ぼけた頭で思う。 このところいろいろ寝不足で。 ついに電池切れ。今日は自主休講したってのに。 誰だよ。 「千早っ！ いるんでしょっ？ 千早ってば！」 ギョッとした。まさしく借金取り。 もとい、貸し借りどっちも多すぎる、俺の彼女。 この１週間避けられまくって、俺のパワーも眠りも吸い取ってくれた張本人。 なんで。 「開けないと扉、壊すわよっ？」 ちょっと待て。いくらなんでもこの扉は壊せないと思うが。 つっこみはともかく、ハッとした俺は急いで鍵をはずした。 途端、飛び込んできた志緒。 「・・・ち・・はや・・？」 「なんだよ、急に」 そうだ。昨日だってろくに口も聞かずに逃げただろ、と言う前に。 飛びついてきた彼女に。 抱きしめられていた。 「寂しくなっちゃ駄目」 「志緒？」 「あんただけだと思わないでよ。 あたしだって・・・寂しいと死んじゃうんだから」 「・・・志緒・・・」 「煙草吸う千早見ると、置いて行かれそうで怖いのよ。 そんなことないってわかってても」 俺の胸に顔を押しつけて、くぐもる声が震えている。 背中にまわされた手も震えてる。 「だから、言って。何遍でも」 気休めでも。 言葉にある力を信じて。信じさせて。 「・・・おまえが居れば、俺は最強無敵」 「うん」 「煙草くらいじゃ死なない」 「うん」 「寂しくない」 「うん」 「だから・・・そばにいろよ・・」 「・・・・・そばにいて・・」 おれるほど抱きしめる華奢な体が泣きたいほど愛おしい。 人はなんて、複雑で単純。 そばにいて。 そばにいる。 その温もりがあれば。 その言の葉だけを糧にして。 うさぎな俺たちは、今日も生き延びるー。 ＜ 26 / end ＞ |
★あとがき★
24.たばこ → 08.留守番電話 ときてこれでラストでした。長くなってすみません。
気持ちが生きる支えになる。人は稀な生き物。
いや、それが人たる所以かも。
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