08. 留守番電話 千早×志緒 （軌跡・モザイクカルテット）＜Home＜３０のお題メニュー ＜24. たばこ 26. 言の葉＞
08. 留守番電話 千早×志緒 （軌跡・モザイクカルテット）
どうしたいのか。どうして欲しいのか。 わからないまま。 『メッセージは１件です』 単調でデジタルな案内に続くのは、 この上なくアナログな彼だけの声と口調。 『・・・・志緒・・・？』 あれから１週間。 千早と喧嘩してから。 同じ大学の同じ学部、同じ学科。 顔を合わせないわけにはいかないクラスメート。 必要にせまられる会話。 でも、あたしは最低限必要なことしか話そうとしなかった。 たぶん、千早は高をくくってた。 毎日これだけ逢うんだから、そのうちって。 お生憎。あたしは執念深い。 あんたと同類よ。 翌日、実習直後。 とられた腕を振り切る前。 「あのさ・・煙草の件は善処するから。聞けって、志緒。 そんなに怒るなって、おいっ」 あのね、善処って何？ 煙草はやめるかやめないか、二者択一。 善処なんて言葉、どこにあてはめるのよ、全く。 ３日後。 美琴と昼食とってる横で必死。 「おまえね、中坊じゃねえんだからシカトはやめろって。 いいかげんにしろよな。必要事項しかしゃべんないし。 俺ら、思いっきりクラスの注目の的だってわかってんのか？・・・こらっ」 百も承知だわ。 とうとう千早の奴、あたしとも別れたかって噂が駆け抜けてるわよね。 あたしと 「も」 ってのが笑える・・・笑えないわよっ。 直接の詰問にも頑として口を開かず、山のような着信にも応えないまま。 そしたら今日、千早がいなかった。 代わりに、気付いたら入っていた留守番メッセージが１件。 初めてだ。 『・・・志緒・・・？・・もう・・・勘弁しろよ・・・・。 電話、出ろって・・・文句でもなんでもいいから。 話さなきゃしょうがないだろ。・・・志緒？・・・・』 ﾌﾟﾂｯと切れてしまった声には苛立ちと別の何か。 ー何だろう。 千早はなぜかメールが苦手。メッセージも。 いつか言っていた。 『あてになんないじゃん。相手に伝わるかどうか』 そう言ってたのに、残したメッセージ。 ズキンと胸が痛んだ。 逃げてどうするの。 わかってる。わかってるのに。 あたしはほんと、いざというとき度胸が足りない。 あたしたちはどっちも煙草にこだわりがありすぎる。 どちらかだけならまだ、どうにかなるんだろうけど。 あたしは千早の煙草を見過ごせず、時折しつこく責めて。 千早は千早で、譲れないモノがあって。 多分わかってた。どこかで爆発する。 それがこないだだっただけ。 ・・・どうしてこんなに許せないんだろう。 やめないとは言ってない。就職までと断言してる。 千早はその場しのぎの嘘はつかない。 なら長い事じゃないのに。 何故あたしはこうも、煙草を吸う彼が怖いのか。 父を重ねるからだと思っていた。 でも違う。そう気づいた。 煙草を吸う彼は、あたしの知らない彼なんだ。 あたしの知らない、自らの傷と闘う千早。 それを見ているのが辛い。これってただのヤキモチ？ 何に？ 誰に？ そばにいても、ただそれを見てるしかないなんて。 彼にとってのあたしって何なのだろう。 答えが出なくて向き合えないままの、自分の身勝手さに呆れていた。 帰りは買い物することが多い。 家事全般不得意なあたし。 特に料理は壊滅的・・・とまでいわないが、できるなら作りたくない。 何度かの経験の後、母と姉もそれを認め、 もっぱら掃除と買い出し、後かたづけがあたしの担当となっているのだ。 料理は駄目な割に、 食材の買い出しはそれなりだったりするのはどういうわけだか。 要は食いしん坊ってことだろうか。 今夜のメインはきんきの煮付けだ。 「大学はどう？」 夜勤明けの母が一緒に食卓を囲む。 仕事柄忙しくて、ありそうで少ない光景。 「ハード。医療系ってみんなこうかな」 ついつい愚痴になる。看護師現役に言ったって。 「人様の体を扱うんだから、あたりまえ」 そう、それで終わりなのよね。当然とはいえ。 「そういや、千早くんは元気？」 母の勤務先は木塚総合病院。千早の実家だ。 「家から離れたじゃない？ あの子が一番懐いてたのに。寂しいわ」 つきあいの古い母。かつては木塚家三兄弟のため、 家政婦っぽいことまでやっていたのだ。 「ねえ、元気？」 「なんであたしに聞くかな」 「同じ大学の同じ学科でしょ」 「そりゃそうだけど」 「それにあんたたち、つきあってるんでしょ」 「えっ？ 志緒、マジ？」 ブッと。 口に含んだみそ汁を吹き出しかけた。やばいやばい。 「お・・・かあさん。なんでそれ・・」 「ちょっと志緒、姉さん聞いてないわよっ」 隣でテンション上げる姉に構ってはいられない。 「おかあさんってば」 「何度か一緒のところ見たし。 元々あんた達って、いつくっつくかって感じだったし」 「そうなの？ そうなの？ えー、しらなかった」 姉のハイテンションに同意したい。 知らなかったわよ、あたしも。 「で？ いい加減に答えて。千早くん、元気？」 「・・・・たぶんね・・・」 否定する気力もなくなって箸を置くと、椅子にのけぞってつぶやく。 「なに。もう喧嘩？」 「もうってなによ」 「もう、じゃん」 「しょうがないわねぇ。あんたたちだと長引くわよ。さっさと謝れば？」 「長引くって・・・なんで？」 「謝るのが苦手でしょ。志緒なんて逃げまくるわよね。つかまえるのも難しい」 さすがに家族。あたしの性格お見通し。 「だって・・・煙草・・・」 「煙草？」 説明できそうにない。矛先を変える。 「・・・別に千早だってあたしのことなんて構わないんじゃない？ ケンカして１週間だけど、ぼつぼつあきらめたかも。 珍しく今日はメッセージ入ってたけどさ」 「メッセージって・・・留守番電話？」 母の声音が微妙に変わった。 「そう」 「今日？」 「うん」 「・・・あんた、早く電話してあげなさい」 「え？」 居住まいを正した母は、あたしに諭すように言った。 それが妙に真面目で、あたしがびびる。 「どっちがいい悪いはそのあとでいいから。早く」 「お母さん？」 「ああ、行った方が早いかも。あんた、部屋知ってるのよね？」 「な、に？」 なんなのいったい。 「千早くんは留守電、大嫌いなのよ。志緒は覚えてない？」 「大嫌いって・・・」 それから母が語った意外な話に姉は眼を丸くし、 あたしは一目散に家を飛び出して。 夢中で走った。 千早のところへー。 ＜ 08 / end ＞ |
★あとがき★
24.煙草 から繋がって 26.言の葉 へ続きます。すみません。長くて。
意地っ張り同士のケンカは大変です(^^;)。
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