３０のお題　24.　たばこ

　　24.　たばこ　　千早×志緒　（軌跡・モザイクカルテット）

「立派な医者になるためには、煙草なんぞやるんじゃない」

これが親父の口癖で、むろん吸うことはなかった。

煙草は害。
煙草は悪。

家はそれが不文律。
異議を唱える者もいなかった。

「あー、また吸ってる」

俺が現実に戻る前に、
くわえていた煙草は唇から奪い去られている。
ちょっとすぼめていた口元がまぬけだ。
「・・・志緒。いきなり取るのはやめろって」

抗議する前にもみ消されている、俺の煙草。
授業がない教室は誰もいない。
禁煙なのは確かだが、咎める奴がいるわけじゃ・・いたか。
目の前に。

煙草を吸わない彼女が携帯用の灰皿を持ってるのは、
俺の煙草のためだというから。
笑えるというか恐れ入るというか。

「いくら言っても聞かない人には実力行使よ」
「危ないだろ。しまいに火傷するぞ」
「千早が吸わなきゃ怪我もしないわ」
「だから。就職前にやめるって」
「あのね。煙草って嗜好品なのよ。
　そんな簡単にやめられるわけ？」

いかにも疑わしいという顔で、志緒が俺を睨む。
生憎、俺に関する限りは。
「やめられる」

言い切ったら、驚きに見開く眼。
綺麗だなと頭の隅で考える。
俺の彼女は強くて儚くて。

綺麗だ。

「自信あるんだ」
「もちろん」
「なら、なんで今やめないの？」
「学生だから」
「・・・何？」
「すねをかじる間は吸う。
　言ったろ、俺のレジスタンスだって」

意味なんかわからなくていい。
言う必要もないと思う。こんなどろどろのぐちゃぐちゃな想い。
知らなくていい。
でも、今はやめない。

まっすぐにみつめあうと志緒が眼を細める。
痛みを堪えるみたいに。

「・・・悔しい・・・」

プイッと。背を向けて机をすり抜けていく体。
あまりに突然で、焦ったのは俺の方だった。
まずい？
あわてて追いかけて捕まえる。

「なんだよ」
「なんでもない」
「嘘つけ」
「ほっといて」
「悔しいって？」

上げた眼が潤んでいて、もっと焦る。
おい。

「自分が悔しいだけ」
「なんで」
「怖いのよ」
「だから、なにが」
「・・・煙草吸ってる千早を見るのがよ！」

俺の掴んだ手をふりほどいた志緒が叫ぶ。
たまっていた涙がはらはら滑り落ちる。
頬に。

「わかってるの。千早には千早の理由があるのよ。
　やめられるって言うなら止めるんだと思う。時がくれば。
　でも」

どちらかというといつも落ち着いてて。
余裕のある志緒の声が、悲鳴みたいだ。

「しょうがないのよ、怖いんだもん。
　千早が煙草を吸うたびに、命が燃えて崩れてる気がするの。
　あたしは千早のことでギリギリなのに。
　千早は自分自身でいっぱいなんだもん。
　狡いよ。・・・悔しい。バカッ」

手にしていた灰皿を俺にぶつけて、彼女は走り去った。
床に落ちたそれのふたが開く。

ちらばる吸い殻と灰カス。

彼女に言わせれば俺の命。
俺の意地の残骸？

『あたしは千早のことでギリギリなのに』

『千早は自分自身でいっぱいなんだもん』

欲しいと知った。だから捕まえた。
でも俺にはまだ、早すぎたんだろうか。

胸ポケットの煙草が、やたらと重かった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＜　24　/　end　＞

★あとがき★
この話は続きます。→　08.留守番電話　→　26.言の葉　まで。
「軌跡」の「モザイクカルテット」を読んでいらっしゃらない方にはわけがわからないかと（汗）
未読の方はよかったら、そちらを読んで下さいますよう～m(__)m。

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