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 ５．Virgin Road −挙式−
静寂の中、ギッとドアが開いた。 「・・わぁ・・・きれい」 「先輩、すてきー」 「こりゃ別嬪さんだわ」 祭壇前、ひとり立つ羽矢は真正面に現れた姿に魅入られた。うしろから漏れる感嘆や囁きも耳に入らない。足元がフワフワして覚束ない。 とっくに一緒に暮らしているから気分が出ないなと笑ったら、挙式前日くらいはと美琴が言い出して。ゆうべは実家へ泊まりに行ってしまった。つまんないこと言わなきゃよかったとぼやいた羽矢だ。 自分でもあきれるくらい溺れている。実はこれも夢かもしれない。 夢？ 違うな。だって親父がいる。ものすごい緊張した顔でロボットみたいに足を出して。いつもなら笑い飛ばすとこだよな。 そう。あのときもあんな顔だった。 美琴を田舎へ連れて行ったあと、どうしても美琴の母に挨拶をと上京した両親を美琴宅へ連れて行った。すっかり美琴を気に入った羽矢の両親は、早苗の結婚時の事情にも好意的で、羽矢も美琴もホッとしていた。 何かの拍子に早苗が言ったのは美琴の手料理を誉めたおしていた時だ。 「私もね。最初びっくりはしたんですよ。この娘は高校生といっても奥手で自信もない子で。まさか先生とつきあってるなんて」 ビックリなんかしてなかったくせに。グラスのビールを傾けていた羽矢は、隣の両親が固まっているのに気づいた。あれ、なんだ？ 背骨を伸ばした父親が聞き直してきた。 「・・まさかと思いますが。こいつは・・・教師のくせに高校生のお嬢さんに手を出してたんですか？」 ピキッとその場の空気が凍った。羽矢が焦る。やばい。その辺は言ってなかったっけ。昔のことで本人達はもう忘れかけた事実。早苗が目で聞いてくるが否定もできない。 「あのでも。恋愛は一人でするものでは。そうなったのは美琴の意志もありましたし」 その後の沈黙が長かったこと。バツが悪くて床を睨んでいた羽矢。 「琉斗」 呼ばれて顔を上げると、見たことがないほど厳しい父の顔。 「高校生だぞ。おまえが自制すべきじゃなかったのか」 「高校生に惚れたんじゃない」 羽矢は怯まなかった。 「美琴に惚れたんだ。ずっと。惚れっぱなしだ。間違っちゃいない」 父と息子はにらみ合い、二人を他の三人がみつめる。フーッとため息を吐いた父は腰をあげながら言った。 「立ちなさい」 「は？」 「立てと言ってる」 わけもわからず立ち上がるやいなや、飛んできた拳。 目の前を火花が走った。 「・・・っ！！」 声もなく吹っ飛ばされて、座っていたソファの後ろへ転がり落ちる。 「り、琉斗さん！」 「先生っ」 美琴母子の狼狽を羽矢の母は穏やかに制した。 「大丈夫。頑丈だから」 どうにか羽矢は起きあがった。頬は青く唇が切れている。 父に殴られたのは久しぶりだ。 「なにしやがる」 「私たちは美琴さんの親御さんに、許しをもらいに来たんだ。美琴さんのお父さんがいればおまえは殴られて当然だ」 羽矢も、支えていた美琴も、タオルを濡らして持ってきた早苗も。驚いて羽矢の父を見る。 「他人様の大事な娘さんだぞ。それくらいで勘弁してもらえるなら安いだろうが」 うつむいた羽矢は血で滲んだ口元を拳で拭う。タオルを渡す早苗に、羽矢の父母は改まって頭を下げた。 「柚華さん。不肖の息子で申し訳ない。お嬢さんの相手としちゃ役者不足もいいところだが、美琴さんに惚れとるのは間違いない。許してやってもらえますか」 早苗の目がじわっと潤む。彼らの前に座り直すと彼女もまた頭を下げた。 「うちの方こそ。まだまだ子どもで足りないところばかりですが、どうか。どうかよろしくお願い致します」 肩に置かれた美琴の手を握りしめて、羽矢も誰にともなく頭を垂れた。 深く深く。 あのあとしばらくアザが残り口を開けるたび疼いた。 親として、男として大人としての責任を、けじめというものを、身をもって示してくれた父が、美琴を誘ってやってくる。 視界がぼやけてくるのであわてた。こんなとこで泣いたら一生の不覚、末代までの語りぐさだ。なんたってカメラに狙われてるんだし。それにしてもバージンロードってこんなに長かっただろうか。 やっと二人が羽矢の前に立った。白い手袋に包まれた美琴の手を父が差し出す。モーニングの袖から不似合いなＧ-shockがのぞいていた。 兄夫婦からのプレゼントでとても大事にしてるとは母の言葉。自分を殴った時もしていたのを思い出す。来年の父の日は自分達も何か贈ろう。 そう心に留めて。 羽矢は美琴の手をとった。 |