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 ３．Men −花婿控え室−
「こんなとこか」 くわえていた櫛を手にした草太が鏡の中で笑って頷いた。 その前に立つ羽矢は黒のタキシード。いつもは指で手を通すだけの髪を綺麗に整えられた自分の姿が気恥ずかしくてしょうがないらしい。 鼻の頭に皺を寄せて口を曲げる。 「おいおい。俺の努力を無にするな」 「ったく。男なんて添え物なんだから手ぇかけることないだろ」 「バカ言うな。そりゃおまえは添え物だがなんたって美琴っちゃんの添え物なんだからな。手ぬけるかよ」 親友のセリフがこれか。羽矢の鼻の頭のシワはさらによじれる。 「第一そんなことしたら藍に殺される。一世一代のつもりだぞ、あいつ」 「ほんっとおまえらって。美琴は俺のだからな。わかってんのか？」 「・・・おまえ。結婚前とちっとも進歩がねえよなぁ」 わかっちゃいるけどとため息になりながら、草太は道具を片づけ始める。 「感謝ってもんはないのか？ こんなすげぇところをあんな格安料金でできるなんてあり得ないんだぞ、普通」 「あーそれについてはほんと感謝。でもさ俺も譲歩してるだろ」 「譲歩ねぇ」 まあね。ヤキモチ大魔神のこいつにすれば清水の舞台くらいの譲歩かもしれないと草太も思っている。 籍を入れたあと二人は迷っていた。 美琴は就職したばかり。羽矢にしてもお金が有り余ってるわけではない。それなりに貯めては来たが新居に引っ越しにその他諸々。新生活を始めようとすればそれだけお金は必要なわけで、余裕もないのに式をあげるべきなのか。 披露宴も会費制にしたからって先立つものはいる。頼めば双方の親も助けてくれるだろうがそれはどちらもやりたくなかった。 この際籍を入れただけでもいいかなんて安易に思っていたら。 「馬鹿言ってんじゃないわよ」 角を生やして怒ったのは藍だった。 「女の一生の夢よ。式は絶対やらなきゃダメ！」 後の様子を見れば美琴の式を夢見ていたのは藍の方だろうと思ったが、そう言われば羽矢だって弱い。そこへ草太が持ってきた話が拾いモノだった。 「格安？」 「そう。オープンしたてのブライダル会場。式と花嫁花婿の写真を宣伝用に使わせてくれるならってさ。ポスターとパンフレット。悪くないだろ」 「なんだよそれ。まさか俺と美琴に」 「要はモデル？」 「できるかアホ！」 剣もほろろに蹴飛ばそうとする羽矢を草太が押しとどめる。 「羽矢。だってさ挙式と披露宴が立食でこれだけだぜ？ 新しいし綺麗で広いし。モデルだからレンタルドレス一式選び放題。美琴っちゃん喜ぶぞ〜」 「え？え？ 草太ほんと？ それ最高」 「ちょ、おい、藍！」 「いーじゃん。みこっちゃんだけじゃないおまえが隣にいるわけだし。イヤなら他であたるけど勿体ないってこの料金」 「そりゃ・・・まぁ・・」 「絶対ここ！ あたしがみこっちゃんのメイクとスタイリストやる！ 決まり！」 そんなこんなで羽矢もしぶしぶ承諾した。美琴はただ喜んだ。半ば諦めていたらしい彼女のその喜びように、羽矢の渋る気持ちは消えた。ま、美琴がよけりゃいい。 羽矢にすればとにかく今日は美琴メイン、美琴さえ満足すればよかったのに。あたりまえだが刺身のつまとはいえ花婿、自分もメインの片割れで。 写真かぁ。笑ってとかなんとか言われそうだなぁ。仏頂面であとから料金請求されるのも困るが、モデルじゃないんだからそうそううまく笑えるもんでもないぞ。あれこれ不安はきりなく湧いてくる。 「草太ぁ」 「ん？」 「やっぱ花嫁のみってのは無理か」 「・・・ほんっと往生際悪いねおまえ」 あきれ果てそうになった草太が、ふと意地悪い笑みを作る。 「代役たてるか」 「は？」 「今日ならいっぱいいそうじゃん？ 美琴っちゃんとふたりでポスターなんつったら志願者でくじ引きできるぞきっと。俺が募ってやろうか？」 「馬鹿いえ！」 美琴の隣に他の奴が立つと思うだけでムッとする羽矢だ。 「あいつはとっくに俺の嫁さんだぞ」 「ならしっかり嫁さん守らないとな、旦那は」 ぐっと詰まった羽矢に笑い出す草太。結局羽矢も笑うしかなかった。 雨だというのになんだか明るい日。 挙式の時間が近づいてくる。 |