 point.11 クリスマス・イブ 後編 −金の鎖−
夕飯は公園からちょっと離れた場所のレストランにした。 予約なんてしてないから、イブにどうかと思ったけど。 結構穴場だったらしくて、時間も早めだったこともあり、すんなり入れた。 イタリア風レストラン。こじんまりとして雰囲気も悪くない。 美琴が緊張してるのがおかしい。 「どしたの？」 「だって。こういうところ、あんまり来ないもの。外食少ないから。」 「そっか。」 「素敵。先・・・琉斗さん、来たことあるの？」 「いや。こっちはそんなにない。だからまぐれ当たり。」 笑っている羽矢。 「何する？ このコース、選べるらしい。」 「スパゲッティがおいしそう。トマトソースが好きなの。」 「イカスミは？ 結構いけるぜ。」 「食べたことないし。黒いんでしょ？ あたし、これがいいな。」 「海の幸ね。じゃ俺がイカスミにしよ。サラダもいるか？」 「いい？」 「ワインは？」 「高校生にすすめないでよ。」 「あのね。ワインっていうのは食事につきもの。でも俺が飲めないからやめとくか。」 「先・・じゃなくて。琉斗さん、飲めないの？」 「車だから。」 「あ。あ。そうか。そうだよね。」 「ジュースでも頼むか？」 結局ジュースとジンジャーエールで乾杯した。 窓際の席からは闇に沈んでいく街が見える。２階にあるレストランなので見晴らしがいい。 イブだから店内にもツリーが飾られ、テーブルには小皿にキャンドルが灯されている。 ゆらゆら揺れるその炎。 「どした？」 「ううん。なんか・・・不思議。」 「なにが？」 「ここにいるのが。一緒に。」 独り言みたいに言って、炎を見つめる。 羽矢にも、美琴の思いはわかった。 １週間前までは、一緒にイブなんて無理だと思ってたから。 風邪ひいたおかげかな。 「琉・・斗さん？」 呼ばれて我に返る。 美琴の、まだ恥ずかしそうな声で呼ばれる名前は耳に心地よく響く。 「慣れてきた？」 「え？」 「名前。」 「そんなすぐ慣れないよ。」キャンドルの明かりが頬を染める。 「もっぺん。」 「ん？」 「もっぺん呼んでよ。」 「・・・琉斗さん。」照れて視線が彷徨っている。 「ほら、ごほうび。」 羽矢が美琴に差し出したもの。小さな長細い、黄色いリボンの包み。 「クリスマスだからさ。」 「あたしに？ いいの？」 ためらう美琴。 「いらない？ じゃしまっちゃうぜ。」 すぐひっこめかける羽矢に、あわててそれをつかむ。 「いる！ 欲しい・・・です。」 「さっさと取れよな。」 クスクス笑って渡してやる。 「ありがとう。開けてもいい？」 「開けなきゃわかんないだろ。」 美琴が嬉しそうに開けるのを、楽しげに眺めている。 現れたのは、細い金の鎖だった。飾りのないシンプルな美しさ。 「ネックレス。きれい・・。」 そっと手にとって見つめる美琴。 「一応１８金。」 「え？ 高いんじゃないの、それ。」 「たいしたことないよ。あわてて選んだから。そんなのでよかったか？」 「プレーンなのが好きなの。ありがとう。」 言葉なんて追いつかないけど。瞳が輝いているからそれで十分。 「あとでつけてみろよ。」 「うん。でも勿体ないなぁ。」 そこで料理が運ばれてきたから、仕方なく美琴はバックにしまい込んだ。大切に。 スパゲッティはどちらもおいしかった。 「ほら、食べて見ろよ。」 イカスミを羽矢に差し出されて、美琴が怯む。 「えー。その色、おいしそうに見えない。」 「食べて見なきゃわかんないって。人間と同じ。」 「は？」 「せっかく食べられる機会なんだから。試してみるの。」 「・・うん。」 渋々ちょっとだけフォークにからめる。睨んでから目をつぶってパクッと口に入れる。 「どうだ？」 「・・・あ。おいしい。」 「だろ。」羽矢が笑う。 「ふーん。こういう味だったんだ。予想外だった。」 「だから言ったじゃん。人間と同じ。」 「それ、なんか変だよ。その表現。」 「そっか？ 的を射てると思うけどなぁ。」 「せんせ・・琉斗さんて、人を食べるの？」 「んー。まあ食べるとは言わないか。でも意味は通じるだろ。」 「うん。わかるけど。」 「食べたい奴もいるんだけどなぁ。」 羽矢が意味深な表情で美琴をみやる。美琴があわてて目をそらす。 「いつ食べさせてくれるんだか。」 返答に困って、とにかく食べる美琴。 いきなりむせる。 「ゲ、ゲホッ。」 「バカ。水。ほら。」 笑いながら水を差しだしてやる。 「ほんと、単純だよな。」 「だって・・・へんなこと言うから。」 「あれ。俺なんか言った？」 「・・・意地悪。」 そっぽ向く顔が可愛い。ここじゃ抱きしめられないよな。残念。 美琴の機嫌はデザートで直った。 イブのスペシャルらしく、綺麗にデコレーションされたアイスケーキ。 「うわぁ〜。」 しばらくみとれる。 デザートを配りながら、店員がテーブルのキャンドルを消していく。 いつのまにか音楽はミサ曲に変わって、静かで厳かな雰囲気があたりを包む。 オーナーシェフが中央で挨拶をした。 「イブの夜にようこそおいでくださいました。皆様が楽しいイブをすごされますように。 これから１分間、ツリーを残して灯りを消しますので、祈りと誓いを。 愛する人へどうぞ。」 夢のように聞いている美琴。 シェフの言葉が終わるとすぐ、店内の灯りが消えた。 中央にツリーだけ輝いている。見とれかけたら耳元で羽矢の声がした。 「merry x'mas」 声の方へ向くと唇が優しく触れた。その胸に手をあてて。鼓動を感じて。 １分てこんなに長い？ 闇の中で好きな人だけを感じる。 唇が離れて気配が消えた。 閉じた目を開けると同時にパッと灯りがともされた。眩しい。 見れば羽矢は目の前に座ってる。何もなかったみたいに。あれ？ あたし夢見てた？ すると羽矢が口の端で笑った。 うつむく美琴。 夢じゃないんだ。でも夢のようなクリスマス・イブ。 あたりに天使が飛んでいるような気がした。 矢をつがえた裸の天使が。 食事を終えた２人は、お目当ての大きなツリーへと向かった。 駐車場に止めて、そこから歩く。５分くらい。 さすがに冷えてきた。手袋持ってくればよかったな。 ポケットに手を突っ込んで羽矢のあとを追いかける。 と、足元の暗さで見えなかった石に、転びかけた。 「きゃっ」 振り向いた羽矢が受け止めてくれた。 「危ないなー、おまえ。」 「だって、暗いんだもん。」 「転ぶときは手をつかないと怪我するぞ。」 「わかってるけど。」 冷たい手に息をかけてこすりあわせる。それに気づいた羽矢が手をだした。 「ほら。」 「え？」 「また転ぶから。」 「・・・うん。」 手をつなぐ。大きな手にどきどきしながら。 あたしの手の倍くらいありそう。大きいなあ。その温かさにホッとする。 夜なのにたくさんの人が集まる中。 ライトアップされた本物のツリーは、想像以上の美しさだった。 ポカンと口を開けて見上げるだけ。 空の星がみな、ここに落ちて光っているようだ。 その前のグラスツリーも、ライトを浴びてキラキラと光をたたえる。 闇に浮かぶ光はどうしてこう、人を惹きつけるんだろう。 憧れにも似た思いがわきあがって厳粛にすらなる。 横目で見ると、感嘆の声もなくツリーにみとれる美琴。 つないだ手を今は忘れている。 それが嫌でキュッと握ると、羽矢を見上げてニッコリする。 「綺麗だね。」そう言ってまた目を奪われる。 ああ。綺麗だよな。だけど、俺がいるのを忘れちゃ駄目だぜ。 ツリーに嫉妬する自分がおかしいけれど。 羽矢はツリーを見ると、余計に美琴の存在が鮮やかになるだけだったから。 ここにいて。これを見てるのは。 こんな綺麗なツリーを見てるのは。 おまえがいたから。だから。 それでも美琴が動き出すまで、羽矢はつきあった。 どれだけ立ち尽くしたのか。美琴の頭が羽矢の腕にすり寄った。 「ありがとう。・・・琉斗さん。」 つないだ手を離すと肩を抱きしめた。 「満足？」 「ん。」 「雪だるまみたいに冷えちまった。いこう。」 「はい。」 ツリーを後ろに歩き出した。歩調を合わせて。ゆっくりと。 人から離れた頃、ふと美琴が言った。 「綺麗なツリーだったけど。でもあのそばだと星は見えなかったね。」 「え？」 「ほら。」 指さす先には晴れた夜空。珍しいくらい星が綺麗だった。 「こっちも綺麗。ツリーのそばじゃわからなかった。」 「そうだな。」 羽矢は、星をみている美琴を見ていた。 視線に気づいて美琴が首を傾げる。 「何？」 「さっきのプレゼント、出して見ろよ。」 「ネックレス？」 美琴がバッグから大事そうに渡すと、羽矢は中の金の鎖を手に取った。 「後ろ向いて。」 「あ、うん。」 美琴がぐるぐる巻きにしているマフラーを取り去ると、 ボーダーネックのセーターから白い肩と首が見える。。 羽矢はそのほっそりした首にネックレスをかけた。 そのままうしろから抱きしめられる。 「・・・似合うじゃん。」 耳元のささやきがドキドキを倍増させて、言葉が出ない。 と、うなじに唇を感じて固まる。 マフラーを取られて冷気を感じているはずの肌が、唇の温かさに粟立つ思い。 「せ・・・琉斗さ・・ん」 「バーカ。こんなとこで襲わないよ。」 羽矢の声は笑ってるけど、いいながらうなじを唇は辿っている。 知らない感触。逃げ出そうと思うのに動けない。 なんで？ 必死でこらえる美琴。 耳の後ろまで辿った唇は、耳たぶを甘く噛んだ。 「ひゃっ・・っ」 思わず声が出て、焦って身をよじる。フッと笑って、唇を離した羽矢。 「まだお預け中だからな。」 やっぱり耳元で低く囁く。 「早いとこ解禁してくれよな。」 抱きしめる腕にすっぽり埋まりながら、自分のだした声が恥ずかしくて、 美琴は何も言えず視線を避けていた。 帰りのドライブはどちらも無口だった。 カーステレオから、流行の歌が流れるのに任せて。 美琴の指は、無意識につけてもらったネックレスに触れて。 それから、唇のたどった場所を追いかけた。でも何も言えず。 羽矢も何も言わなかった。 １０時すぎに美琴の家の近くの通りまで戻った。 「遅くなっちゃったな。大丈夫か？」 「平気。・・・今日はありがとう。」 「ん。」 「琉斗さん？」 「何？」 「ごめんね。あたし何もプレゼント用意してなかった。」 それを気にしてたのか。 「用意されちゃ困るの。」 「どうして？」 「もらうものは決めてあるから。」 「なに？」 「わかってるだろ？」 意味深な視線に真っ赤になる美琴。 「な。」 返事は出来ない。困った顔を楽しんでいる羽矢が手を伸ばした。 「じゃ証文。」 「え？ あ・・ん。」 そのあごをつかまえて重ねる唇。 今までよりちょっと深い。舌が唇をなぞっていく。 「・・・ん・・」 声が漏れたことに気づかない美琴。目を閉じて懸命に受け止める。 そっと離して。 「待ってるからな。」 「・・・知らない。」 答えに窮して、バタンと車から降りる。 「おい、コート。」 後ろの座席からとって渡してやる。赤い顔に微笑む。 「じゃな。」 「お休みなさい。・・・しばらく逢えないかな？」 「暮れはいろいろあるだろ。開けたら初詣でも行くか？」 「うん。」 「また電話するよ。」 「はい。約束ね。」 駆けていく美琴の後ろ姿を見送って。 約束、ね。 おまえも忘れるなよ。頼むぜ、ホント。 だんだん生殺しもきつくなるんだからなー。 美琴の白いうなじがちらついて困った。一生懸命受け止めたキスも。 「果報は寝て待て・・・だな。」 羽矢は車をＵターンさせた。 それが二人の、クリスマス・イブの夜。  |