 point.5 文化祭 前編 −チーズケーキの痛み−
中間テストが終わると、文化祭へと学校は突入する。 うちの文化祭はまだ新しいのに近辺では結構有名だ。人がかなり集まってくる。 各部とも趣向を凝らして、展示室や模擬店に力を入れる。 年に一度のお祭りというわけだ。 二日間の文化祭の最後は、キャンプファイアーで幕を閉める。 新しい学校にしては、古いイメージだけど、生徒は結構楽しみにしている。 消防の許可をもらうのが大変らしいが、その辺のことは生徒にはよくわからない。 羽目をはずしすぎるなと、口を酸っぱくして先生達が言っている。 文化祭は体育祭に勝るとも劣らないくらい、カップルのイベントと化す。 ほんとそこら中ハートが飛び交ってると言ってもいいくらい。 そっちに興味のない生徒たちは、展示や模擬店に命をかけるし。 健全な学生生活と言えるのかも。 理科実験部は展示と模擬店、両方行うことになっている。 展示は私達、地味な実質部員が。模擬店はミーハー部員達が担当する。 見事な役割分担だ。というより、もともと展示のみだった部なのに。 去年から親衛隊を筆頭とするミーハー部員達が、模擬店もやりたいと自主的に言い出したのだ。 結構人気の文化祭。 他校から男子も女子も集まってくるから、彼氏・彼女をＧＥＴ出来るチャンスでもある。 羽矢先生の親衛隊とはいえ、本気で先生と交際を望んでいるのはごく一部で、 他はアイドルの追っかけみたいなものだから、 彼氏が出来るならそのチャンスは逃したくないだろう。 それはいいんだけど。 今年はとうとう理科実験室内全部、気合いの入ったミーハー部員によって占拠されてしまった。 展示は・・・どうするんだ？ 葛西新部長が文句をいったけど、何しろ相手は３年生のしかも親衛隊。剣もほろろ。 羽矢先生はこういうとき、口を出さない主義。 「しょうがないよ。廊下を使おう。」あたしが提案した。 もともと地味な部だから、展示物もさほど多いわけじゃないのだ。 かえって廊下の方が、通りすがりの人にも見てもらえるだろう。 「そっか。そうだな。」 みんな気を取り直して廊下での効率的な展示に気を配った。 興味を引くために、天井から微生物のモビールをぶらさげた。 本来は不気味な形も、色ビニールだとおもしろい。うん、なかなか。 模擬店はというと、喫茶室になるらしい。 思いっきり派手なピンクのエプロンをそろいで作っている。あれするのかなぁ。 すると、唐さんがやってきた。 「あなたたちもローテーションに入ってるからね。」 「へ？ 喫茶室のですか？」 「当然でしょ。部員なんだから。」 「でも、展示の担当も。」 「男子に任せればいいじゃない。どうせ見るだけなんだし。」 葛西くんがあきらめたように言ってくれた。 「いいよ、柚華。」 あたしはこっちのほうがいいんだけどなぁ。 他の女子と顔を見合わせたが、唐さんに勝てるわけもない。 「はい。これ。」 人数分のピンクのエプロンを押しつけられた。 「下はミニスカートね。」 「ええっ？ そんなの自由じゃ・・・」ギロッとにらまれて口ごもる。 「そろわないと見た目綺麗じゃないでしょ。色は適当でいいから。上もＴシャツでいいし。 下だけミニスカート。いい？」 有無を言わさぬ口調。負けた。 最後のチェックを終えて帰り道。 ミニスカートねえ。あたし持ってたのかな。 ・・・昔、中学の頃買った奴ならあるけど。入るのかな。あーやだやだ。 唐さんみたいにナイスバディなら、ミニスカートもいいけど。でも反論できないし。 喫茶室なんでしょ。パブじゃないんだから。 ついつい独り言が出ていたらしい。いきなり。 「危ない奴に見えるぞ。」 あわててふりかえったら、羽矢先生だった。 なんでここに。先に帰ったはずなのに。 「そこの公園で、煙草吸ってたんだよ。」 あたしの疑問に答えるように、煙草をもった指で公園を指した。 「そしたら、ブツブツいいながら来る奴がいるから。」 「・・・すいません。」 やだなぁ。聞かれたかな。 上目遣いに見やるとニヤッと笑う。いつもの笑い。 「ミニスカートか？ がんばれよー。」しっかり聞かれてる。 「先生、止めてくれないんだもの。」 「俺はこういうときは生徒の自主性を尊重するの。」 「だって、ミニスカートに自主性も何も。」 「イヤならそう言えばよかったろ。」 そうだけど。唐さんに反論できる人なんて。 黙ったあたしにフッと笑って、手に持った煙草をまた吸う。 「ま、いいじゃん。２日くらい。なにしろ文化祭。 他の部もかなり派手だから。ミニスカートはいてたって誰も気にしないよ。」 「そうかなぁ。」 「学校で着替えればいいだろ？」 「・・・はーい。」もう決まっちゃったんだから、しょうがない。 「じゃ、帰ります。あるかどうか、調べなくちゃ。」 「何おまえ、ミニスカートもってないの？」 「最近パンツばっかりで、スカートはかないんですよね。」 「ちっとは色気もだせよ。男、できないぞ。」 その台詞に先生を見る。 こないだの体育館でのことは、なんだか夢みたいで現実味がない。 この人は何を考えてるのかな。 あたしの視線に先生はそっぽを向く。 煙草の紫煙がゆらゆらとたちのぼって、空に溶けるのを見送って。 「じゃ。」 あたしは駆けだした。なんとなく走りたかった。 「柚華ー、ころぶぞー。」 うしろから先生の声。ふん。転ばないもん。 立ち止まって先生にあっかんべーをしてから、また走って帰った。 先生は笑ってた気がした。 文化祭が始まった。 持ってきたミニスカートは、中学３年の頃買った古い物。 流行なんてあったもんじゃないけど、まあいいや。これしかなかった。入るだけまし。 ミニっていっても膝上１０センチくらい。 まわりの子たちみたいに、超がつくほどじゃない。 そう！ なんでみんなこんなに「超ミニ」なのよ！ どうみても膝上２０センチ！ ちょっとかがむと下着が見える。確実に。 見えても平気な準備してきてるんだろうけど。 なんとも挑発的な風景で、女のあたしが目のやり場に困っている。 ましてや葛西くんとか吉沢くんとか、男子の眼は釘付けだ。 違うな、釘付けになるのを抑えるのに必死だ。気の毒に。 展示物が廊下で良かったのかも。それとも単なる生殺し状態？ 喫茶室は繁盛した。それはそうよね。 来るのは男の子ばっかり。 人は多いので、展示物もながらでそれなりにみてもらえている。 人数が多いから、ローテーションもゆるやかなので、他の部の展示や模擬店もゆっくり見られた。 うん。おもしろいじゃない。 羽矢先生はまだ顔を見せない。顧問なのになぁ。こういうところがいい加減。 その分生徒は自主性が育つと言えなくもないけど。 午後２時。あたしのローテーションが回ってきた。 ああ、ミニスカートが気になる。最近スカートなんて、制服以外着てないから。 でもしょうがない。客は多いんだから忙しいし。 男子ばかりで視線がなんだか・・・いやなんだけど。みんな平気なのかな。 厨房にと仕切っている所へ戻って来るたびに、 「４番テーブルの男の子がいいよ」だの「７番の３人組、いかしてる」だの。 ほんと品定めしかしてないみたい。 あの様子だとこっちも品定めされてるんだろうな。まああたしには関係ないや。 唯一の誤算は、２時間のローテーションの中で神岡くんに逢ってしまったこと。 何で来るんだろう。おまけにあたしの担当テーブルだよ。 しぶしぶ注文を取りに行く。 「いらっしゃいませ。」 「・・・よう。」あたしの格好にびっくり眼。そりゃそうだろう。 つきあってたときも、スカートなんてはいたことなかったもん。 「初めて見た。私服のスカート。」 「はきたいわけじゃないよ。そろえろって言われたの。」 つい言い訳がましくなる。 「いいじゃん。可愛いぜ。」元彼にほめられてもなぁ。 「何で来るの？」 「吉沢がうるさいから。来いって。」吉沢くんは〜。 後ろから声がした。 「憲ちゃん。」 最近つきあってるバスケ部のマネージャー。１組だったっけ。 あたしの顔を知っているのか、ちょっと眉が寄った。 しょうがないでしょ。あたしのせいじゃないわよ。 「ご注文は？」さっさと逃げよう。 「俺、コーヒーとホットドッグ。理名は？」理名っていうのか。 「紅茶とね。わかってるでしょ？」 神岡くんが何故かあたしを見た。一瞬。 「あ・・あ。チーズケーキだろ。」腑に落ちた。だから。 「そ。レアチーズね。」 彼女があたしに念を押す。 とりつくろうように「かしこまりました」と言って下がってきたけど。 重い気分。 チーズケーキ。それもレアチーズ。運が悪い。 ２人の前に注文の品を並べると、笑顔を無理に作る。 「６００円になります。」 神岡くんがお金を差し出した。ふれあわないように掌で受けた。 「いいの？」彼女が聞く。 「いいよ。おごり。」 「ありがと。」 彼女の視線がチラッとあたしを見たのは、多分誇示したかったんだろうな。 今は自分の彼氏だって。わかってるわよ、そんなこと。 神岡君はどこか困っていて。 心にささくれるレアチーズケーキ。なんで。 「ごゆっくりどうぞ。」 あーーー。最悪。 頭を下げて振り返ったら、羽矢先生と眼があった。 何？ いつからいたの？ ずっと見てたの？ 自分だってあたしの間の悪いときばっかりじゃない。現れるのは。 羽矢先生はあたしを見て、口の端をちょっと歪めた。 いつもの皮肉なニヤッとした笑いじゃなくて、なんだか。 あたしは目の奥が痛くなって、あわてて厨房に引っ込んだ。 ほんと、間が悪い。 片づけ物に専念した。こんなところで泣きたくなかったから。 １日目は、それ以外は特に問題もなく（それが問題だったのはあたしだけだし）、 無事に終了した。明日を残すのみ。 喫茶室の片づけ物をして帰ろうとしたら、美那子に笑われた。 「美琴、そのままかえるの？」 着替えるのを忘れてた。ミニスカートのままだ。 「ごめん。先帰って。」 更衣室は２階なのに、着替えは実験室においてきちゃった。 仕方なくもっぺん実験室に戻った。 まだあちこちでかたづけや明日の準備もやっている。 でも実験室のまわりは静かになっていた。 部屋は真っ暗。もう誰もいないよね。いいや、ここで着替えちゃおう。 着替えを取ってくると、闇の中でもぞもぞとエプロンを取り、頭からＴシャツを脱ぐ。 「ストリップか？」 びっくり仰天して振り向いた。 厨房にと仕切ったカーテンの陰。入り口から見えないところに誰かいる。 ううん。声でわかってた。いったい何遍脅かされるんだろう。 暗がりの中に、煙草が赤く灯っている。 「羽矢先生、何してるんですか？ こんなところで。」 「あんまり昼間うるさかったろ。やっと一服してたんだよ。そしたらいきなりストリップ始めるから。」 「声かけてくれたって。」 「かけたじゃん。黙ってても良かったんだけどなー。」 窓の外から入る光で、窓際に座ってる姿が見えた。 「ちゃんと更衣室で着替えろよ。」 「・・・誰もいないと思ったんです。真っ暗だし。」 「煙草。まずいからさ。めっかると。」 そうだ、ここ禁煙じゃない。しょうがないな。。 「とにかくあっち向いて下さい。あたし動けないじゃないですか。」 脱ぎかけたＴシャツで胸を隠したままのあたし。 「俺は気にしないけど？」 「気にしますっ！」 完璧にからかわれてる。頭に来る。 肩をすくめると先生は背中を向けた。 「へいへい。これでいいか？」 「いいって言うまで、こっち向かないで下さいね。」 あたしも背中を向けると、急いで着替えを続けた。 ついでにブツブツ言う。 「先生ってあたしのことあれこれ文句言うけど、 先生だって、あたしの間の悪いときにばっかり現れますよね。」 「んー？ そっか？」 「そうですよ。昼間だって・・。」 まずった。言うつもりなかったのに。 口をつぐんだあたしに、先生の声が意地悪くなる。 「昼間？ 昼間ってなんだっけ？」わかってて言ってる。 「なんだ？ 柚華。」 「なんでもないです。」 しらんぷりしながら、ミニスカートをはきかえる。 「結構見物だったな。元彼とその彼女に給仕する元彼女。」 ぐっとつまる。やっぱりずっと見てたのか。 「あれ、１組だっけ、あの彼女。」 あたしは答えない。脱いだＴシャツとミニスカートをたたみ直す。 「まだ元彼に未練ありそうだったじゃん。」 「そんなことありません！」 思わず振り返ったら、真後ろで先生が煙草を吸いながら見つめていた。 「せ・・やだ、見てたんですか？」 この先生は〜！ 「見てねえよ。音で着替え終わったのくらいわかるだろ。」 そんなこと言われたって、あわててたから。 「それより、未練ないのか？」そう言いながら、煙草を押しつぶす。灰皿で。 やけにからむ。 「ないです。大体先生に関係ないでしょ。」 つい頭に来て背中向けて。投げやりになる口調。でも先生も機嫌が悪い？ とたんに後ろから抱えこまれた。 「せ、先生。やめて。」体が硬直する。 「関係ないところに首をつっこむのはお互い様だろ？」 なんだろ。ほんとに機嫌が悪い。 耳元で聞こえる声は低くて。あたしは怯えた。 「未練に見えたぜ。チーズケーキに恨みでもあるみたいに。」 どうしてこう鋭いんだろう。 「恨みなんてないってば。離して！」怖くなってあたしは暴れる。 でもびくともしない。細いのに。力はあるんだ。 「素直に言った方が楽じゃん。まだ元彼が好きなら好きって。」 「違う！」 その言葉にあたしは腕を力一杯ふりほどくと、先生をにらみつけた。怖さも忘れて。 「未練じゃないわよ！ チーズケーキはあたしが大好きなんだもん。 神岡くんはそれ知ってるから。だから・・・イヤだったんだもん！」 怒鳴っているうちに泣きたくなってきた。やだ。 「デートするときはいっつも、あたしが頼むのはレアチーズケーキで。 神岡くん、それ見て笑ってて。 なのに今の彼女にレアチーズって言われたら、 どんな顔して持って行ったらいいのかわからないじゃない！」 だんだん支離滅裂になる。涙声。 「神岡くんに未練があるわけじゃないけど。ふたりに文句なんて無いけど。 じゃあ・・・じゃあ一体、どんな顔してればよかったのよ！」 あとは言葉なんか出ない。唇を噛みしめて泣くだけ。 昼間のあの感情。嫉妬？ でも神岡くんにじゃない。彼女にじゃない。 ただ・・・一人の自分が悲しくて淋しかった。それだけなんだ。 フワッとあたたかく包まれたのはいつだったのか。 声が聞こえた。 「泣くなよ。」 それで気づいた。 もう一度大きな腕の中。でもさっきとは天地ほどちがう優しい腕。 髪の毛に頬を感じる。 わずかに揺れる。子どもをあやすみたいに。 「そういうつもりじゃなかったんだ。」 泣かすつもりじゃ。 昼間。 校内をひととおり巡ってから、のんびりとクラブに顔を出しに行った羽矢。 挑発的な格好だよな。変な気を起こす奴がいなきゃいいけど。 喫茶室をのぞいてそんなことを思いつつ、ふと目が止まった後ろ姿。 黄色のＴシャツにブルーのスカート。 他の子に比べると丈は長目なのに、すらっと伸びた足が妙に目を惹く。誰だ？ 振り向いた顔に驚く。柚華？ 昨日散々文句を言ってたのによれば、あれは昔買ったものなんだろう。 そうも見えないのは、小柄なスタイルによく似合ってるせいかな。 向かったテーブルに座っている男子にその時気づいた。 神岡だ。あれ、新しい彼女まで現れた。 羽矢はそのまま見ていた。 あれは・・・嫉妬なんだろうか？ 元彼が彼女連れでくるなんて、心穏やかなわけもないが。でも。 美琴の表情に自分の感情まで波立ってくるのがわかる。なんでだろう。 あの子はまだ元彼に未練があるんだろうか。 チーズケーキを持ってきた時の顔が。なんだか。 みつめていたら、美琴と目が合ってしまった。 つい口を歪めたのは、自分への笑い。何やってるんだ、俺は。 すると美琴が困ったような怒ったような顔で厨房へ消えた。 その顔が目に残った。 なんだか疲れた。皆が帰ったあとで一服してたら誰か入ってくる。 柚華？ またか。なんでこう。 Ｔシャツを脱いだ姿にあわてた。意外に豊かな胸元が見える。 まずいのは俺か？ 自分が危ない気がした。 それで声をかけたんだが。 気になっていたことを美琴が言い出すから、止まらなくなってしまった。 「関係ない」と言われて何故か頭に来て。つかまえたけど。 チーズケーキはそういうことか。 泣き出した美琴はなんだか愛おしくて。 抱きしめていた。 窓の外に下りてくる夜をみつめながら、腕の中の温もりと自分の心を探って。 それが初日の終わりだった。  |