 モザイク・カルテット−１６ 「Happy Christmas for You」 ジングルベルがあちこちから、無節操に鳴り響いている。 近年商店街は１１月のうちからクリスマスを強調するところが多く、 少々興ざめなのだが。 今日はイブ、明日は正真正銘クリスマスとなれば、 聞き飽きた音楽も不思議と耳に心地よくつい口ずさんだりする。 やっぱり浮かれてるんだろうか。 羽矢の唇が笑みを描いた。 通りは似たような浮かれた気分がいっぱいだ。 ８時過ぎ。 ちょっと一杯ひっかけた風情のサラリーマンが肩を組んでたり、 一次会から流れ出た学生の群れが奇声をあげてたり。 それもみんな、フワフワ楽しげでおかしい。 何分ごった返していて、ぶつかるまいと思っても肩が当たってしまう。 お互いに「すいません」とか「ごめんなさい」を言って通り過ぎるのだけれど。 今日に限ってそんな言葉に笑顔を添え合うのもいわば、 クリスマスの魔法って奴かも知れない。 「確かこの辺だったはず・・・」 キョロキョロ辺りを見回していたら、また誰かにぶつかってしまった。 「っと、すみません。」 「いや、こっちこそ・・・って、あんたか。」 「ーおまえかよ。」 羽矢と千早が逢うのはあの「大嫌い」な夜以来だ。 「久しぶり。元気？」 ニコニコ、いつもの調子で話しかける千早。 互いに彼女を通して、その後の顛末を聞いているから呑気だ。 「ああ。ひょっとしてお迎えか？」 首を傾げた羽矢に、千早も納得する。 「あんたもか。そりゃそうだよな、イブなんだし。」 クッと笑い出すふたりは、人波の中で中州のようだ。 「俺、不案内でさ。どこかわかるか？」 目を走らせながら羽矢が聞く。 「すぐそこ。一緒に行こう。」 目で方向を示しながら千早が歩き出したので、羽矢も後に続いた。 「こないだは気づかなかったけど。あんたの方が背が高いんだな。」 斜め後ろの羽矢を振り返りながら言う。 「大して変わんないだろ。」 「・・・見下ろされることあんまりないから。ムカつくかも。」 「そりゃ失敬。」 羽矢が浮かべた笑みは、シニカルで挑戦的だ。 「あのなぁ。」 本気でムカつきかけた千早だったが。 「ありがとうございまーす。」 「残り５つです。すっごく美味しいクリスマスケーキですよ。おみやげにいかがですかー？」 雑踏のざわめきに負けないよう、張り上げている声が届く。 すぐさまそれぞれの相手を聞き分けて振り向く。 その瞬間。 「・・・へぇ・・」 「・・・・なんだ、あれ。」 ニマニマ緩んだ目と細く険しくなった目。対照的だ。 ふたりの視線の先には、クリスマスケーキを売る美琴と志緒がいた。 洒落た造りの洋菓子店の店先で、道行く人に元気な声をかけるふたり。 赤い帽子、赤い服、ミニスカートも赤。 ご丁寧にブーツまで白い縁取りの赤でそろえて。 そろって可愛いサンタ・ガールの出で立ちだった。 小柄な美琴と背の高い志緒はいい取り合わせでさらに人目を惹く。 実際、買うかどうかは別にしてもふたりを見る人は多い。 決して男ばかりじゃないのは、 どちらかといえば健康的で可愛い様子が目に楽しいからだろう。 「うん。どっちもグッド。なぁ・・・・あ？」 楽しげにそう言って、何気なく同意を求めながら見た羽矢に、 千早はピキッと固まった。ーやば。 忘れてた。この男はヤキモチ大魔神だったっけ。 （藍のネーミングは巡り巡って、千早までたどりついてるらしい） 黙ったまま、美琴を見る羽矢の目つきはとっても・・・怖いかも。 「お、おい。今夜はやめろよな。イブだぞ。柚華はバイトでやってんだからな。」 なんで俺がこんなに焦んなきゃならないんだ？ 理不尽と思いつつ、ここでまたトラブルになるのだけはごめんだ。 切実に思う。だって。 せっかく志緒とふたりで過ごせる、初めてのイブだぜ？ キリスト様、マホメット様。アラーにブッダ様。八百万の神様もこの際頼みます！ ・・・・思考が志緒と似ている。ともかく。 「おいって。聞いてるか？ 泣かすなよっ。」 「・・・わかってる。」 ギロッと戻された目つきの危ないこと。ほんとにわかってんのかよっ？ 危惧しながら、なんとか懐柔しようと差し出す煙草。 羽矢は仏頂面ながら１本取った。カチカチとそれぞれ火をつける。 その間にも。 「ありがとうございましたーっ。さあ、残りひとつですっ！」 「残り物には福がありますよーっ。買って行かれませんかーっ？」 威勢のいいふたりの売り子は確実にケーキを売りさばいて。 「はいっ、お買いあげありがとうござますっ。」 「お陰様で完売しましたーっ。」 賑やかにならされた鈴がそこら中に響き渡った。 最後のひとつを買ったのは、中年のちょっと酔ったサラリーマン。 ふたりの笑顔をおまけにつけたケーキの箱を、嬉しそうに受け取った。 それをまた睨んでる羽矢を尻目に。 吸いかけの煙草を路上の吸い殻入れにつっこみ、 千早は後かたづけしてるふたりへと歩み寄った。 「お疲れ。」 「木塚くん。来てたの？」 「なんだ。早かったね。」 「なかなかいいね。目の保養？」 楽しげにみつめる千早にふたりが今更赤くなる。 着せられた当初はともかく、忙しくて格好の事なんてすっかり忘れていた。 「ちょっと、変な目つきしないでよ。これは仕方なく。」 「いやー、俺は全然オッケーだけどさ。・・・柚華、あっちはむくれてるぞ。」 「へ？ ・・・あ、あれ？ 琉斗さんも来てたの？」 「悪かったな。」 遅れて近寄ったのはやっぱり仏頂面。 「わ、悪くないけど・・・・また怒ってる？」 可愛いサンタから心配そうに上目遣いで見られたら、不機嫌を続けられるはずもなく。 羽矢は居心地悪げに、おもてを改めることにする。 「・・・怒ってない。完売か。たいしたもんだな。」 「うんっ。」 「頑張ったもんねー。」 笑顔を見交わす美琴と志緒。 やっと羽矢も笑顔になり、それをみて千早が苦笑している。 「もう帰れるの？」 「片づけて着替えたら。もうちょっと待ってて。」 「ごめんね。急ぐから。」 「あわてるとこけるぞー・・・ほら。」 言ってるそばから段差にけつまずいた美琴の腰を、羽矢が慣れた様子で支える。 プッと吹き出す志緒に美琴は赤くなって、やっぱりあわてて。 ふたりは店内へ消えた。 やれやれと首を振った羽矢は、千早と目が合う。 「なんだ？」 「いや、ナイスフォロー。さすがだよね。」 「あいつ、こけやすいから。」 「そこも可愛いんでしょ。」 「愚問。」 今度はこっちで笑い合った。 待つこと１５分。 出てきたふたりの手にはそれぞれケーキの箱。さっき見ていたよりも一回り小さめだ。 「あれ。完売したんじゃ？」 千早の言葉に、志緒が嬉しげに説明する。 「これはバイトのおまけ。ここのケーキ、美味しいんだよ。」 「・・・甘そう・・・」 羽矢が顔をしかめる。 「大丈夫。大人向けだから、琉斗さんでも絶対平気。」 美琴の保証付きなら・・・まあ大方は美琴の腹に入るわけだし。 頭の中でつぶやいて。 「おまえらはどっかいくの？」 さりげなく美琴の肩を抱きながら、ふたりに問う。 「ああ。晩飯がてらのんびりディナー。」 「っていうほどじゃないでしょ。ちょっと呑んで、ちょっと食べて、かな。」 志緒が律儀に訂正する。 「そっちは即、お持ち帰り？」 「き、木塚くんってば。」 美琴の顔が照れまくる。 「お持ち帰りっつーか、送り狼？」 いけしゃあしゃあと羽矢が言い切る。 「はあ？」 「あ、あの。今夜は母が夜勤でいなくて。 朝のうちに夕飯の支度を家でしておいたの。うちで食べようと思って・・・」 最後はモゴモゴ。 相変わらず初々しい照れ方が美琴らしくもある。 「いいなー。柚華って料理うまいんだろ？ ならお相伴・・いってぇええっ。」 千早の靴先は志緒の低めのヒールで踏み踏みされていた。 睨んだらニッコリされて・・・こわっ。 「ま、お互い馬になって蹴り合わないよう、解散だな。」 くっくっと笑いながらの羽矢の言葉が締めになった。 「メリークリスマス」 「メリークリスマス」 「またな。」 「泣かすなよっ」 二手に分かれて声をかけ手を振ったら、その後、目にはいるのはお互いだけ。 だって今夜はイブー。 モザイクのように複雑な形の心と心を、カチリと重ね合わせられる。 あなたと一緒なら。 ーHappy Christmas for Youー 「モザイクカルテット」 了  |
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