 モザイク・カルテット−１４ 「千客万来」
週末はいいお天気になった。秋晴れの空は高い。 繁華街の雑踏の中に千早と志緒が居る。 歩きながらのマシンガントークに周囲がちらちら。 「なんでよ。リハビリ当事者にしたら、絶対そうは思わないわ。」 「おまえこそそこで、『絶対』なんて使う方が問題あるぞ。 当事者になったこともないくせに。いいか、俺たちの立場はだな。」 「だって。一番大変なのはやっぱり当事者でしょ。」 「そりゃ違う。大変の質は異なっても大きさは介護側だって変わりゃしない。」 「それはまた別の−。」 決してケンカではなく、二人にすれば討論のレベルだが。 端から見れば痴話げんかにしか見えないだろう。人騒がせだ。 「あー、信号っ。志緒、走れっ。」 「え？ え？ ひとつ待てば。」 「時間が勿体ない。ほらっ！」 差し出された手に迷うヒマなどなく掴んで走り出してから気づく。 手を繋ぐのは初めてだ。 信号の点滅と鼓動がシンクロする。 前を向いたままの千早はしてやったりって顔だろう。 悔しいなぁと思っても、通りを渡った後もきっと手は離さない。 温もりを握りしめたまま、志緒は思う。 美琴、どうしたかなぁ。 文化祭は例年なみの人出。 最終日も天気が後押ししてごった返している。 「ケーキ売り切れました。」 「オッケー、じゃチケットは飲み物オンリーね。」 「部長ー、ちょっと展示の説明を。」 「今行くから。あ、先生。」 ひょいと羽矢が顔を出した。今日は初めてだ。 「問題ないか？」 「ええ、特には。」 「不審者とか、大丈夫だな。」 「全然。」 そこへ甲高い声が響いた。 「はっねやせんせーっい！！」 「うわぁっ？」 突然飛びついてきたのは、クルクル巻き毛のロングヘアにミニスカート曲線美の美女。 みるからにゴージャス。 「お、おいっ。誰っ。」 「誰はないでしょう？ そりゃしばらくぶりだけど。」 さすがにうろたえた羽矢が、首に絡みついた腕をなんとかひきはがしてる。 「先生・・・・彼女？」 「そうそう。」 「ちがうっ！」 「先生、ホントのことでも、そんなに力一杯否定されると傷つくわよ。」 「・・・唐？ おまえ、唐か？」 どこかで見たような顔と態度にやっと羽矢は思い出した。 唐 夏樹（から なつき）。美琴のひとつ上級生。かつて親衛隊長と呼ばれた美人。 「覚えてたんだー。」 「珍しいな。卒業以来だろ。」 「今１年に母方のいとこがいるの。男子なんだけど。 こないだたまたま遊びに来てね。文化祭の話になったら懐かしくなっちゃって。」 相変わらずにぎやかだ。一騎当千。 「すごい美人〜」 「先生、ほんとに彼女じゃないの？」 受付に集まってくる生徒らが騒ぐ。 「違うけどさ、卒業生でやっぱり理科実験部だった。」 「えー、こんな美人が？」 「ありがとー、ほめてくれて。」 にっこり浮かべる笑みは相変わらず妖しげで、高校生をたじろがせる。 でも平気なのがひとり。 「さしずめ、親衛隊長・・・ですか？」 冷静に言い当てる遠林。 「あたりっ。勘いいわね、あなた。」 ゴージャスさと押しの強さにそぐわない、 あっさりした一面を持つ彼女に、今度は遠林も面食らっている。 「あれぇっ？ 唐先輩っ？」 太い声は男のものだ。誰だと一斉に振り向いたそこに男女数名。 「・・葛西。須藤に吉澤。桐辻に桜井に沖まで。今日は・・・同窓会か？」 そうも言いたくなるだろう。ちょっと頭痛がしそうだ。 相変わらずお祭りらしい吉澤が笑ってる。 「いやぁ、久しぶりにのぞきにね。まさか唐先輩に会えるなんて。」 「先輩〜、一段と綺麗になられてますね。」 美那子がため息と共に見上げる。小柄な美那子と唐はゆうに１５センチの差があるのだ。 「やだー、みんなしてほめてくれて。何も出ないわよぉ。」 「・・・俺ら、初めてなんですけど。」 圧倒されてる桐辻の台詞に、鳴見と桜井が頷く。 「お、そうだよな。俺らの１コ上の先輩なんだ。」 葛西の几帳面さも変わらない。唐の視線は桐辻をチェックする。 「こっちの彼も理科実験部だったの？ ビジュアル系ねぇ。 だんだん男のレベルも上がってるのは羽矢先生の影響？」 「・・・・先輩、それはどういう・・・」 頭を抱える葛西に、美那子と桜井はクスクス笑っている。 そんな彼らを見渡した後、羽矢は小声で美那子に聞いた。 「おい、柚華は？」 「急用入ったから先に行っててって。来るはずですよ。」 「あれ。言い出しっぺなんだけど。」 吉澤が首を傾げたところへ、唐が突っ込んだ。 「そうよっ、柚華さんだって？ 先生、隠してたでしょ！」 「なっ、何言って・・・」 「あとで聞いてやっぱりって思ったのよ。あー、体育祭の時ちゃんと問いつめれば。」 「問いつめてただろ、おまえ。」 「・・・え？ なんで知って？」 どっちも何かをごまかそうとしてる。 「あのぉ、柚華さん・・・って？」 在校生が口をはさむ。 「先生のか・の・じょ。」 唐がいかにも楽しげにばらす。羽矢の渋面。 「きゃあっ、今日来るんですか？」 「多分。」 「たのしみーっ。」 「え？え？ どんな人ですか？」 あっという間に餌食になりそうだ。びびる羽矢。 「おまえらなぁ。」 「先生、いい加減結婚しないの？」 これは桐辻。 「そうそう、あんまり永い春ってのもねぇ。」 「・・・俺、見回りあるから。じゃあなっ。」 「あー、逃げた。」 「先生ーっ！」 唐の声が大きい。 「ずるいーっ。」 「ゆっくり遊んでいけよぉ。」 振り返りながら片手をふって、羽矢は消えた。 「もう〜。羽矢先生って文化祭の時、教室に居たことないわよねぇ。」 「そう言われれば。」 美那子も頷く。 「毎年最終日は見回りやってませんか？」 遠林の鋭い指摘。 「・・・そうかも。」吉澤も思い出しつつ。 「そうなんだ？ あたし達初めてだから。」 在校生は不思議そう。 「先輩達、お菓子は切れちゃったんですけど、飲み物いかがです？」 そつなく招く遠林の前に、大きな箱が現れた。おお。 「差し入れ。」 ニッコリ笑う唐。 「あ、あたし達も・・・・でも、先輩には負けるわ。」 美那子が比べて苦笑する。 「７人分なのに。」 受け取った遠林はクッと笑って、嬉しそうに礼を言った。 「どうぞ中へ。あ、１年、悪いけど。 午前の売り上げを生徒会室へ届けておいて。」 「はーい。」 理科実験部の展示と喫茶はにぎやかに終わりそうだ。 頼まれた売上金を届けに出た１年生ふたり。裏山の横をショートカットしようとしたら。 「あれ。」 「ん？」 「なんか煙。」 「え？ 火事？」 「・・・消えちゃった。」 「誰か煙草吸ったんじゃない？」 「えー、禁煙だよ。」 笑いながら通り過ぎた後ろに人影。羽矢が呑気に天を仰いで煙草休みしていた。 美琴が居た頃と変わらず、ここは羽矢の気に入りだ。 やたらと青い空が目に痛い。 思いがけずたくさんの卒業生に逢えたのはもちろん嬉しいが、 その分現れないひとりを待ちこがれてる。 時間が経つのがまどろっこしいような、怖いような。 言葉にしていない約束だからー。 携帯を開いてもやっぱり音沙汰はなく、ため息をついて見る時計。 また校内を一巡りしないとな。 何もしなくても流れる時間。だからってじっとしても居られない。 伸びるはずのない時間を引き延ばしたい気もする。 「Luna Blue」は混んでいる。日曜は忙しい。 追われながら、思い出したように藍が草太をつつく。 「ねぇ、みこっちゃんどうしたかな。」 「さてなぁ。ま、大丈夫じゃねえの？」 「そう？」 「羽矢は長々と沈黙してられるタイプじゃない。」 「そうよね。でもみこっちゃん、悩んじゃってたし。」 「ヤキモチ妬く自分に悩むってみこっちゃんらしいよな。 今まで妬くことなかったんだ。羽矢も少し焦らすとか・・。」 「羽矢くんにバカなこと吹き込まないでよっ。みこっちゃん泣かせたら承知しないからっ。」 「あのヤキモチ魔神にそんなことできるかよ。」 「・・・確かに。なんたって大魔神だし。」 クッと笑って二人は仕事へ戻っていく。 「草太もたまには妬いてよねー。」 「誰に？ 俺はおまえに虫をつける隙なんてやらねえぞ。」 「あはは。」 相変わらずラブラブな二人だ。 押し寄せた卒業生達は、まとめて帰っていった。 「後夜祭も混ざったら？」 「やっぱりそれは現役のものだからねー。」 顔を見合わせた彼ら。 「告白とかする人いるの？」 「えっ、えっ。」 女の子達が反応してるのがおかしい。 「がんばってね。」 それもまた、現役の特権というものだ。 「羽矢先生の彼女、来ませんでしたね。」 残念そうな声に、美那子が首を傾げる。 「おかしいなぁ。携帯鳴らしても出ないのよ。留守電になっちゃうし。 メールは入れたんだけど。」 「連絡ないってのがらしくないよな。」 「後でまたかけてみるね。」 「ねえ、せっかくだからその辺でもうちょっとどう？」 「あー、いいですね。唐さん、楽しそうだし。」 「桐辻くん〜。」 そんなことを話しながら、彼らは学校を立ち去っていったのだった。 待ち人はいまだ来ない。 羽矢の焦りは急カーブで大きくなっていく。 すっかり日も暮れた校庭。パッと燃え上がった炎にわっと歓声が上がる。 後夜祭の始まりだ。後かたづけをすませて生徒達が飛び出してくる。 フォークダンスの輪が広がりつつあった。  |