 モザイク・カルテット−１２ 「リミット」
何度携帯にかけても。 何度メールを送っても。 話そうとせず返信も来ない状態に、羽矢は切れかけていた。 そりゃまぁ、原因は自分だ。 懲りもせずヤキモチを妬いた上、路上で他の娘を抱きしめてたわけで。 だとしても。 話さなきゃ謝ることも、言い訳だってできないじゃないか。 仕事も重なって美琴をつかまえることもできやしない。 一体どうしろって言うんだ。まさかこのままってつもりじゃあるまいに。 「・・クソッ・・」 つい口に出た言葉は早速生徒に聞きとがめられた。 「あれー、先生。荒れてますね〜」 「ここんとこ、先生の授業は低気圧って噂、ホントだったんだ？」 「知らなかったの？」 「だってあたし、物理化学とってないもーん。」 ひとつのエサに何匹くらいつくやら。 「こら、そこ。ちゃんと手も動かして。時間ないんだからさ。」 「はーい、部長。わかってまーす。」 「文化祭までまったなしだもんね〜。」 理科実験室の机の上は、模造紙とサインペン、色紙にはさみ、もろもろでいっぱいだ。 文化祭直前。研究発表の準備もお尻に火がついている。 美琴が卒業して３年目。 彼女を直接知っている生徒はすでにいない。 理科実験部も、羽矢目当ての女生徒が多いのは相変わらずだが、 変化もある。 この秋、新部長になった２年男子は顔・頭・体３拍子揃った人気者で、 彼のファンが羽矢ファンと拮抗する数。 おかげで羽矢はかなり平和だ。 「遠林（とおばやし）、こんな調子で終わるのか？」 その部長の名を呼ぶ羽矢の声にはかなりの危惧する響きがあるが、 本人は意に介さない。 「大丈夫ですって。喫茶の方は手配してるし。よし、ピッチあげるぞ。」 「オッケー」 「ＧＯ、ＧＯ！」 脳天気な応答に力が抜ける。どうも今年は一段とお祭り連中が集ったみたいだ。 「ねぇねぇ、部長は後夜祭で誰かに告るんですか？」 「えー、部長好きな人いるの？」 「きゃー、うそぉーっ。」 突然沸き立つ黄色い声に、羽矢が耳を塞ぐ。 「うるさいよ。」 「先生、ほんとに機嫌悪いっすね。」 遠林が呆れている。 「わかった。彼女とケンカしたんだ。」 「先生の彼女って、ここの教え子だったんでしょ？」 「え？ 嘘。それって禁断の？」 「きゃーっ。」 「・・・だからうるさいって。」 羽矢がうんざりした様子で机に突っ伏す。 「羽矢先生？ ほんとに生徒に手を出したんですか？」 遠林がわざわざ、のぞき込むように聞いてきた。咎めるとかじゃなく興味津々ってところ。 同じ目がいくつもこっちを見てる。・・・ったく、こいつらときたら。 「悪かったな。そうだよ。元教え子。」 「きゃーっ。」 「だから、悲鳴はヤメロ。」 寝不足に響くその甲高さに頭を抱える。 「在学中にばれたんですか？ よく首にならなかったですね。」 他人事として不思議がる面々。 「おまえらより、純で可愛い奴らだったからなー、あの頃の生徒は。」 「わっ、ひどっ。俺らが不純で憎たらしいとでも？」 「そこまで言ってないって。」 女子もだけど、男子も至ってノリのいい奴が多い。 「えー、でもでも。まだつきあってるんですか？」 女生徒の興味は尽きることがない。 「まぁね。」 「卒業と同時に結婚とかじゃなかったんだ。」 「・・・おまえら、漫画の読み過ぎ。あいつにはあいつの夢があるし。」 「お嫁さんじゃなくてー？」 「・・まだまだガキだね、発想が。」 「へぇ。先生の彼女ってしっかりしてるんですね。」 遠林が妙に感心している。こいつは大人びてるよな、周囲より。 「えー？ 部長ってそう言う人が好みなの？」 「そうよ。部長、好きな人は？」 「告るんですか？」 それていた話題がまた復活させる、こういうパワーは女には勝てない。しみじみ思う。 遠林部長は気楽に聞き流しながら、作業を続行してるし。 これもパワーあるな。 「部長〜、後夜祭は年に１度なんだから。チャンス逃しますよ〜。」 「チャンス？」 何のことかと首を傾げた羽矢に、 ここぞとばかり女生徒の群れが集中砲火を浴びせた。 「えー、先生知らないのっ？」 「うそみたいー。」 「後夜祭の言い伝え、有名でしょ？」 「・・・何だよ、それ。」 知らないものは知らない。あっさり聞き返す。 「後夜祭にね。キャンプファイアーの時。」 「告白するんですよ。で、花火の間にキスしてもらえたら。」 「末永く幸せなカップルになれるって。」 ありがちな話だ。羽矢は苦笑した。 「それでね、最後の花火が上がった瞬間だったら、最高なんだって！」 羽矢に蘇る記憶。キャンプファイアーと告白。花火とキス？ 誰がつくった言い伝えなのか。まるで。 『末永く幸せなカップルに』 ホントか、と思う自分を笑いそうだ。 「だから部長、チャンスなんですって。」 「ねぇ、誰かいるんですか？ いないならあたしと。」 「抜け駆け禁止だー。」 「えー？」 そんな騒ぎも明るく笑って流していた遠林が、急に羽矢に振り向いた。 「先生の彼女、文化祭に来るんですか？ 逢ってみたいな。呼んでくださいよ。」 「あー、そうだよ。呼んでください。うちの卒業生なわけだし。」 「俺も会ってみたい。」 「あたしもー。」 またこっちへ向く矛先を羽矢はあっさり蹴飛ばす。 「やだね。勿体ない。」 その言葉に生徒達は絶句した。遠林が顔をしかめる。 「・・・先生、メロメロ？」 「あっ、ケンカしてるからでしょ。」 「うるさいって。さっさと手を動かせ。間に合わなくても知らねえぞ。」 「「「えーっ!?」」」 生徒達をそうやってごまかしながら、やっぱり想いは向かっていく。 言葉にしない、でもふたりだけの。 ー今年は？ 羽矢の苛立ちと不安は募っていくばかりだ。 近づいてくる文化祭が、なんだか二人のリミットのように思えて。  |