 モザイク・カルテット−１１ 「最強無敵」
振り向いた志緒は普通の顔で。千早は意外に思った。 もっとあわてるか、怒るかと予想してたから。 「あれ。小細工ばれてた？」 「ううん。今わかった。美琴ったら・・・」 口を尖らせる志緒に、釈明する。 「柚華はさ、俺が頼み込んだから。」 「どうだか。あの子もお節介だから。自分のことは後回しで。」 「言えてる。」 クスクス笑ってたら目があった。 こんな風に落ち着いて逢うのはお互い久しぶりだ。 ドクンと。 志緒の笑顔に千早の胸が鳴った。 げ。やば。 逃げてばかりの志緒を捕まえる、ハンター気分が先んじていて。 その先の段取りは失念していたことに気づいた。 「あ、あのさ。」 「何よ。」 「嫌いなのは、煙草？ 煙草を吸う男全部？ それとも・・・俺？」 言ってから、うわぁと思う。 こんな直球投げてどうするんだ。 やっぱり相手もそう思ったようで、はぁとため息が聞こえた。 「ほんと。千早って・・・」 でもその声には、心配した響きはなかったから。 「遠回しじゃ、いつになってもわからないだろ。」 「・・・多分、どれでもない。」 「は？」 さっきから、志緒は千早の予想外を突いてくる。焦る。 「わからないだけ。」 「何が。」 「・・・あたしは煙草の煙が苦手。だから。 害にしかならないのに、なんで吸うのかわからないし。」 志緒は言葉を探してる。 「一番わからないのはあんたよ。」 「へ？」 「もうずっと昔っから。とっかえひっかえつきあって、 人前でもぺたぺた触れるしキスするし。その感覚がわかんない。 あたしにはできないし、したくない。」 「すいません。」 思わずそう言ったら志緒は困った顔で笑った。 千早の胸が痛くなるような。 「・・・あたしはたぶん、囚われてるの。」 「・・・誰に？」 美琴の言葉が思い出されて、千早が怯んだ隙に出てきたのは。 「お父さん。」 「え？」 「浮気して。離婚されて。寂しくて煙草やめられなくて、肺ガンになって。 ひとりで死んじゃったお父さん。」 思いがけない名前と一緒に、泣いてた志緒が浮かぶ。 中２の頃。 「あたしの中で、ろくでもない男の代名詞になっちゃってる。 思い出しちゃうのよ。」 クルッと向ける背中。うつむく志緒。 窓ガラスには、手の甲で乱暴に目をこする姿。 一番大きな謎の結び目がほどけた気がした。 それは決して一色でなくて、何本も絡まった感情があるんだろうけど。 言葉にするのは難しい。 自分だって似たような結び目を持っているから。 必死で泣くまいとしていた志緒は、 いきなりすっぽりと大きな腕に包み込まれた。 「えっ・・ちょっ・・・？」 「んー、あったかいじゃん。」 「バ、バカッ。放しなさいよっ。だからあたしは、そういう感覚は。」 「もうやんないって。志緒限定にする。なら文句ないだろ？」 「う、嘘つきっ。あんたみたいな節操なしの言うことなんて。」 「俺ってさぁ、寂しがりで。」 「またぁ。」 「でも家じゃかまってくれないし。つい人肌を恋しがるようになっちまって。」 「へ？」 背中から抱きしめられてもがいていたのが止まる。 幼なじみ。 古い付き合いだけど、だからって全てをしってるわけじゃない。 千早の家は昔からの大きな病院。 いつも忙しそうだったから、上がり込むことは少なかったし。 そういえば、さほど年の違わない彼の兄達とは、 一緒に遊んだ記憶はない。 学業優秀ですでに医者になってる彼ら。・・そこに意味はあったんだろうか。 同い年の中ではいつも先頭切って走ってたのに。 思わず見上げた顔。 見下ろしてくる彼の笑顔は、いつもよりずっと複雑。 こんな千早知らない。 「大学卒業する時にはさ、家出るんだ。」 「え・・・っと？」 こないだも言ったような。本気？ 「でもさぁ、ひとりは嫌なわけ。志緒、一緒に住んでよ。」 「はぁ？」 「心配ないって。家を出て就職したら煙草はやめる。 問題ないだろ？」 「大ありでしょっ。どうしてそういう話に。」 「俺としては今からでも構わないけど。」 「あんたってやっぱ。」 「わからないところはわかりあえばいい。まだ時間はたっぷり。」 「何言って・・・」 「とにかく。」 今度はやたら綺麗な笑顔。突き抜けた空みたい。 「俺は志緒に決めたから。」 自分勝手で強引で人の話を聞かない。 最強無敵？ そうよ、千早はそういう奴だった。 「志緒も俺に決めろよ、早く。」 苦手だったけど。嫌いになれなかった。 近くに居たかったのは。 「了解？」 「そ・・んなの・・ずる・・・っ」 千早の指がグイッと喉を支える。 近づく瞳の強さにまぶたを伏せるのと、唇が押しつけられるのは同時だった。 繰り返されるキス。 何度も何度も。確かめるように。 くったりと胸に背を預けてくる志緒を、満足げに見下ろした千早だったが。 目を開けた彼女が、囁いてきた言葉。 ちょっと悔しげな響きを含んだそれに目を丸くして、クッと笑うと囁き返した。 肺ガンになったら許さないからね おお、一生見張ってろ おまえがそばに居るなら。 俺は最強無敵。 長生き間違いなしだぜ、きっとー。  |