 モザイク・カルテット−９ 「Fight! Guys!」
同じ頃。 男達は仏頂面で向かい合っていた。 無意味に明るいファーストフードの店内で、そこだけ暗い雰囲気。 トレーを持って通り過ぎる人が一様に訝しげだ。 テーブルにはコーヒーと灰皿のみ。灰皿はてんこ盛りの吸い殻で埋まりそうだ。 コーヒーカップにまで灰を落としそうな勢いで煙草を吸い続ける二人。 「・・チッ・・・」 又１本吸い終えた羽矢が舌打ちした。 「なんでおまえとこんなとこでにらめっこしなきゃならないんだ。」 「そりゃこっちの台詞。」 まさしくにらめっこ。バチッと火花も飛ぶ。 「大体元凶はおまえだろ。好きな女がいるなら他の、それも、 人の女にちょっかい出してるんじゃねーよ。」 「しょうがないだろ。俺だってついさっき知ったんだ。」 「はぁ？」 「・・・だから。」 羽矢の呆れた視線が痛い。 「おまえ、マジでバカ？」 今日１日で何遍言われたっけ。千早は考える。厄日かな。 反論もできないのが悔しい。 「自分の気持ちもわかんねえで、よくまあ人のこととやかく言えるよな・・ったくガキ。」 言われていることはもっともだが、素直に聞いていられない。 「へっ。そういうあんたは万年ヤキモチ焼きなんだろ。十分ガキじゃん。」 「・・・んだとぉ？」 「なんだよ。」 再び散る火花。周囲が恐る恐る見守る緊張感。 抑えたのは羽矢だ。そっぽむいてボソッ。 「悪いかよ。」 「は？」 「妬いて悪いかってんの。おまえだってさっき妬いてたくせに。」 千早が黙る。 そのとおりだった。羽矢の胸で泣いてた志緒を見た瞬間。 「おまえが言っただろ。美琴は可愛いし素直だし人気者だから。 どこから浚われるかわかりゃしない。そんなの俺が一番知ってる。」 また取り出す煙草。さっき買ったばかりなのに、残りは３本。 その１本をくわえて火をつける。 「いつだって不安だし。なかなか逢えないんだから余計だ。 情けないのはわかってても、やせ我慢したってしょうがない。」 千早のムカムカしていた気持ちがだんだん静まってくる。 目の前にいる奴は自分よりずっと年上。 確か教師だかられっきとした社会人。ルックスもいいし意志も強そうだ。 十ちかく年下の女の子相手に。 不安になる必要なんてありそうにないのに。 同じくずっと年下の自分に向かって、こうも素直にヤキモチと認める。 不思議な気がした。 「・・・そんなで嫌われるとか思わないわけ？」 千早の言葉に嫌そうな顔つきで、白い煙を吐き出す羽矢。 「いいとは思ってないが、下手に抑えてるとたまる一方だ。 逢える時間が少ないんだから、言いたいことはその場で言わないと。 揉めても隠すよりいい。」 煙草を持つ反対の手で、頭をガシガシかいている。 「ヤキモチは理屈じゃないから。信じてたって妬くときゃ妬くさ。」 なるほど。千早は心中唸った。 美琴を疑ってるんじゃない。常に言い続けてるだけ。 『他の男を見るな』 『自分だけ見てろ』って。 それも凄いかも。 「挙げ句言われたわけね。『大嫌い』って。」 どうしても傷口に塩を塗るタイプだ。 「・・・そっちもじゃん。」 「・・・・そうだった。」 はーっと机に突っ伏しかけて、千早はガバッと身を起こす。 思い出した。 「そうだよ。あんたなんで志緒を抱きしめてるんだ？」 「なら、なんでおまえは美琴にキスしてるんだ？」 「それはその・・・。」 「突然目の前で泣き出されたんだぜ、こっちは。」 「泣かせたのか？」 「おまえが。」 「へ？」 「好きな男が、他の娘にキスしたら泣くだろ。」 「・・・っ・・・」 顔色を赤と青に点滅させる千早はまるで信号機だ。もぐもぐと口ごもったあと。 「で、でもマジでやってないって。ほっぺた掠めただけで。」 「アホ。やってるように見えたら同じだ。」 「・・・かな。」 「あー、ガキはこれだから。」 文句も言い尽くして、羽矢もぼやきしか残らない。 「だいっ嫌い・・かぁ。」 志緒の顔を思い出してめげる。 マジで言われるときつい。やっと自覚したってのに。 煙草に伸びる手。 「おまえさ、煙草やめたら？ あの娘、煙草嫌いだろ。」 羽矢の言葉にも動きは止まらない。 「昔も言われた。煙草吸う奴とは絶対キスしないって。」 「へえ。・・・・やめないんだ？」 さっさと火をつけた千早に尚も聞くと。 「俺んち、病院やってて。誰も吸わないんだ。」 深く吸い込んだ煙をゆるゆると吹きだす仕草は慣れきったもの。 「誰も？」 「親父も。兄貴達も。医者だからってみんな。」 「ふーん。」 言外に何かが隠れてる。 「だから吸い始めたんだ。」 よく分からない説明に、首を傾げた羽矢。 「だから、やめない。家を出るまでは。」 千早はそれしか言わなかった。 羽矢も聞かず、話の矛先を変えた。 「じゃ、振られるわけね。」 「冗談。逃がすもんか。」 「手強そうだけど。」 「そりゃ柚華の方。ヘタすりゃ志緒より強情そう。」 「あたり。筋金入り。」 あっさり認められて、笑ってしまう。 「じゃどうすんの。」 「さぁ。」 両手を後ろ頭で組んでのけぞり、天井をにらむ羽矢。 さすがに思案投げ首、五里霧中という感じで。 そうなると千早も、共に悩む参謀みたいな気分になる。 『大嫌い』に込められた想いを。 どうしたら返せるんだろう。 作戦会議は暗礁に乗り上げた。 それぞれの勝利の女神は逃走中。捕獲は容易ではない。 どうしたもんだか。 どうするんだか？ Guys！ Fight！  |