 モザイク・カルテット−３ 「アルカイックスマイル」
「Kokoro（こころ）」は、ボランティア主体のサークルだ。 あくまでも「主体」で、半分は単なるレクレーション。 大学生らしいいい加減さだが、人を集めるためでもあった。 その辺りを差し引いても、サークルとしては真面目な方だろう。 かけもちが多いのはしょうがない。 時間のある時でいいと言われて、美琴も参加している。 今日は、障害者団体の外出の補助を頼まれて、近隣市内まで出向いた。 美琴の住む町だったのは偶然だ。 頼まれた団体は十人余の小さな集まりだが、障害の程度に差があり、 まとまって出かけようとすると助けは不可欠。 素人に毛の生えた程度の学生でも、十二分に感謝される。 かえって申し訳ないくらい。 その日一日行動を共にして送り届け、駅前で解散となった。 あとは自由行動だが、大方反省を兼ねて有志で飲み会になる。 日頃バイトかデートでなかなかつきあえない美琴だったが、今日は違った。 「柚華さんがいるのって珍しいね。」 適当な居酒屋に腰を落ち着け、しゃべりはじめたあたりで、 そう言われて美琴は苦笑した。 チューハイを口に付けるがあまり飲める方じゃない。 周囲を見ればすでにできあがりそうな面々。 みんな強いなぁ。琉斗さんもまず潰れないけど・・・あ、又だ。 つい思考が走る先に顔を顰める。 「柚華？ なに、飲み過ぎた？」 隣に陣取っていた千早が気づく。女の子からとりあえず逃げた形だ。 「まさか。これが１杯目だよ。」 持ち上げたのは半分も減っていないグラス。 「だよなぁ。じゃ、何しかめ面してんの。」 この人も鋭い。酒の席でも。 「あのさ、こないだのマジでまずかった？ 彼氏に釈明しよっか？」 のぞき込むようにして言う千早に、美琴が首を振る。 「大丈夫。ケンカしてるけど、木塚君だけのせいじゃないし。」 「ケンカしてるんじゃん。」 「人のこと、ちっとも信用しないから。」 口をとがらせる美琴に、千早はクスッと笑いながら胸ポケットを探った。 男にしては細めの指がするっと煙草をとりだす。 ちょっと似てる？ ・・・又だ。あたしって。 「たまに志緒に聞いてるけど。結構年上なんだろ、彼氏。」 「うん。一回り近いよ。」 「うえ。じゃもう三十路？」 聞かれて頷く。そう言えばそうだ。 「そりゃ過保護にもなるわな。」 「そういうのって年と関係ある？」千早の言葉がひっかかる。 「あるだろ。それだけ年が上だと、 こっちがガキっぽく見えるんじゃねぇの？ どうしても。」 「あっちの方がよっぽどガキっぽいって思うことも多いのに。」 美琴の目の前でカチカチと鳴っていたライターがピタッと止まった。 かかっている指が何故か震えている。 「・・・木塚くん？」 見れば必死で笑いを堪えている千早。 「何？ なんか変なこと言った？」 「い、いや。柚華らしからぬ・・・ガキっぽい、ね。うーん意外。」 ムッとする美琴に構わずまだ笑いが止まらない。 くわえていた煙草も握る始末。 「わ、悪い・・・柚華って面白いよな。びっくり箱みてぇ。」 「ほめてないよ、それ。」 「俺じゃないよ。志緒が言ったの。 何のことかと思ってたけど、なるほどね。」 いかにも楽しそうに言われて、美琴は別のため息になる。 「仲悪くないくせに、なんで志緒を怒らせてばっかなの？」 「付き合い長いからさ。あれが俺たちのコミュニケーションだって。」 「でもこの頃、志緒が疲れてない？」 「あいつが疲れたりするか。俺のこの調子は昔っからだし。」 「幼なじみで小中高と一緒だったんでしょ？ 大学の学部・学科まで一緒って・・・珍しいよね。」 「稀だろうな。」 「知ってたの？ お互いの進路。」 一度聞いてみたかった。 「まあね。あいつは先に推薦でさっさと決めてたし知らなかったろ。 ここ結構倍率高かったよな。決めたの直前だったのにさ。 俺ってやっぱ優秀？」 笑いながら何気なくくわえる、握ったままだった煙草。 今度こそ火が点されて、フッとはき出される煙に目がいく。 「・・・なあ。彼氏、煙草吸う人？」 また唐突な問いだ。面食らいながら答える。 「・・・どっちかっていうとヘビースモーカー。」 「イヤじゃねえ？」 「嫌って？」 「キスする時。煙草の味するだろ。」 話題の飛び方にからかわれてるのかと焦ったが、 千早はどこか上の空。からかってるのではなさそうだ。 「もう・・・慣れちゃったかな。逆に、煙草がキスの味になってるのかも。」 そんなこと聞かないでよ。思い出しちゃう。 逢えないのに。 「そっか。」 「なんで？」 薄暗い居酒屋の中、千早の指先の煙草は蛍の灯り。 かすかに立ち上る紫煙。 「昔さ、言われたことがあって。煙草吸う奴とキスなんか絶対しないって。」 「彼女？」 「いや。」 美琴の問いを交わした視線が遠くを見る。 飲みかけのグラス。 箸が１本のった皿。 転がってる七味。 丸まったおしぼり。 捜し物をするみたいに、でもここにないのは知ってるみたいに。 巡った視線は美琴に戻ると、口の端だけキュッと上げた。 作り笑い。 「節操ないからさ、俺。博愛主義だし。」 「ポーズでしょ。」 短く言い切られて、傾けていた千早のグラスが止まった。 「木塚くんって片手間だよね。女の子も勉強も友達も。」 「うわー、すっげえ買い被ってない？」 笑いにごまかそうとするけど。 「あたしね、楽しみにしてるの。木塚君の本気が見られるの。」 あっさりそう言って、美琴はグラスを掲げた。 「早く見せてね。」 本気の何？ 目を懲らして見つめた顔は、そんなこと知らぬげに微笑む。 なるほど。 男の方がガキかも知れない。俺も。柚華の彼氏も。 そんな想いは隠して。 千早は上げたグラスを美琴に合わせると、アルカイックスマイルを浮かべた。 いつものように。  |