 Lastline12 graduation −卒業写真−
「・・・野瀬 和樹」 「はい。」 「原 篤」 「はい。」 「東・・」 つい先日、生徒の歓声で埋まっていた体育館を、今日は厳粛な空気が満たしている。 教職員と保護者、それから在校生と卒業生。 卒業式の真っ最中だ。 名前を呼ばれた生徒が次々とその場で立ち上がる。 「３年７組。阿木 誠。」 「はい。」 「大塚 貴志。」 「はい。」 「葛西 幸征（ゆきまさ）。」 「はい。」 落ち着いた表情で立ち上がる葛西が、羽矢にも見える。 あいつはいつもしっかり者だったな。 「・・・須藤 美那子。」 「はい。」 美琴よりわずかに低い背格好。いつも寄り添っていた彼女。 外見に似合わぬ、自分を持っている子だった。 「柚華 美琴。」 「はい。」 ザワッと保護者席がさざめく。その中で早苗は微動だにしないで、娘を見守る。 チラッと羽矢が時計に眼をやる。もうちょっと。今日さえーー。 戻した眼に映る美琴は、少し頬を紅潮させて、でも揺らがぬまっすぐな眼。 「吉澤 聡（さとし）。」 「はい。」 ７組の最後に立ち上がった吉澤が、いかにもたくましく見えて。羽矢が驚く。 お祭りだったこいつも、でかくなった。 「３年８組。伊川・・・。」 各クラスの総代が卒業証書を受け取り、校長と来賓の祝辞を聞く。 在校生からの送辞に答辞が返され、「仰げば尊し」と校歌を歌って。 卒業式は無事終了した。 退場していく生徒の中、美琴がふりかえって羽矢にニコッと笑った。 これで。もうここで生徒のあいつを見ることはない。 それは寂しさであり、感慨でもあった。 ３年はクラスに戻って、めいめいの卒業証書を受け取って解散となった。 「卒業おめでとう。これからもしっかりやりなさい。」 担任の激励を受けて。 ガヤガヤする中、美琴は担任のそばへ走った。 「先生。」 「柚華？」 「・・・いろいろご迷惑をおかけしました。」 頭を下げる美琴に微笑む。 「よかったな。これからも・・・いろいろあるだろうが、君は君の目標を忘れずに。」 「はい。」 「たまには顔を見せなさい。羽矢先生もいることだし？」 「・・・あ・・その・・。」 困ったように赤くなる美琴に笑う。彼は元々どちらかといえば二人に好意的だった。 「ありがとうございました。」 もう一度頭を下げて走り去る。 別の生徒に声をかけられながら、彼も又卒業生を送り出す教師の感慨に浸っていた。 「美那子、嶋君は？」 「あとでね。」 「彼、行くのはいつ？」 「来週。・・・へへー、実はね。」 「ん？」 「春休み、あたしも行くの。」 「・・・神戸に？」 「うん。」 「すごい。」 「彼の引っ越しが落ち着いたあたりでね。旅行がてら。」 「美那子・・・たくましい。」 「そう？ 美琴に負けないようにって思っただけよ。」 「負けるって、あたしは。」 「ねー、今夜はクラスの打ち上げでしょ。羽矢先生には？ 逢わないの？」 「今日はお互い忙しいし。・・・明日約束してるの。」 「なんだ。」 美那子の意味ありげな笑いに、また頬を染める。 「なんで笑うの？」 「別にー。じゃ今日は美琴を独り占めーっと。」 「なにそれ。」 「おいおい、おまえら。女同士でくっついてるなよな。」 吉澤と葛西がつっこむ。 「へーんだ、二人とも早く彼女作りなさいよね。」 「大きなお世話だ！ そろそろ校庭行こうぜ。送られにさ。」 「あーん、もう？ 名残惜しいなぁ。」 「又来るって。」 「そうだよ、部活のぞきに来てやろうぜ。」 「美琴はもちろん来るよねぇ？」 「えっ・・あ、あの・・その・・。」 しどろもどろに大笑いされながら。 校庭にはまだ卒業生がそこここに固まり、三々五々送り出されていく。 「美琴。」 「お母さん。」 「皆さん、卒業おめでとう。」 「ありがとうございます。」 そろって早苗に頭を下げるのがほほえましい。 「先輩ーっ。」 ふりかえると理科実験部が集団でやってくる。１年も２年も。 花束が４つ。卒業生に差し出されるそれ。 「卒業おめでとうございます。」 「いいの？」 「へえー。」 「ありがとう。」 「洒落た事するねぇ、桜井？」 感心したような葛西の言葉に、桜井絵里香の照れた顔。 「やっぱりこういう心配りは女性よね。」 かすみ草にチューリップ。それからガーベラ。 可憐な花々はまた蕾もあって綺麗だ。 「いいえ。先輩達だからですよ。」鳴見が言った台詞に、３年が首を傾げる。 「え？」 「あたし達、皆さんが先輩である事、誇りにします。」言い切る絵里香。 「桜井さん・・。」 「俺も。教頭先生に食ってかかった葛西部長、かっこよかった〜。」 「吉澤先輩だってさぁ。見直したもんな。」 「美那子先輩もきっぱりしてたし。」 「い、いや、あれは・・さ・・。」 「な、なぁ？」 ほめられて面食らっている３年に早苗が微笑んでいる。 「美琴先輩、又来てくださいね。」 桐辻が念を押す。 「・・・ありがとう、みんな。」 この仲間には、どれだけ感謝しても足りないと思う。みんなのおかげで。 そう、それからー。 あわてて首を巡らせた美琴は、彼を見つけた。 「美那子、ちょっとね。」 そういって走っていく先には。 「神岡くん。」 ふりかえった神岡の驚いた顔。 「柚華。」 息を切らせて来た彼女。 「まだ。御礼を言ってなかった。あの時は、ありがとう。」 美琴の言葉と表情にとまどい、それから頭をかいて口ごもる。 「・・・やめろって。羽矢先生に聞いてねえ？」 「何を？」 「あの・・噂さ、広まっちまったのは・・・俺が原因なんだ。実は。」 「・・・え？」 今度は美琴が驚いた顔になった。 「言いふらしたわけじゃないぞ、絶対。でも結果的にはそうなんだ。 だからあれはどっちかっつーと、罪滅ぼしっていうか・・・。 自分でまいた種を刈り取っただけだから。」 眼をぱちくりしていた美琴だが、静かに首を振る。 「ううん。そんなことないよ。嬉しかったし、有り難かった。ほんとだよ。」 繰り返す美琴にちょっと照れた顔になり、それから神岡は手を差し出した。 「ま、これからの事はわかんないけど。お互い、がんばろうな。」 ギュッと握る手。 神岡の進路は私立理系。大学でもバスケチームに入ると聞いている。 「神岡くん、バスケ頑張ってね。」 「おう！」 わずかに交差した二人の道は離れていくけど。 「美琴ーっ。」 美那子が呼んでる。 「じゃね。」 きっとまた逢うこともあるからー。 神岡に手を振って駆け戻ってみれば、理科実験部に囲まれている羽矢。 今日は次から次へと生徒に写真をねだられてすでに疲れ気味。 だが羽矢にしてはおとなしくつきあってやってる？ ううん。嬉しいのかな。 美琴と目が合うとわずかに照れ。 「ほら、美琴。みんなで写真撮るから。並んで。」 「うん。」 屈託のない面々の優しさを感じる。 彼らがいなければ、今日二人一緒の写真なんて撮れないだろう。たぶん。 集団の中ですら、周囲の視線は否応なく集まっているのだから。 だが、誰も頓着しない。しようとしない。それが意志。 「美琴先輩ー、それはかえってわざとらしいって。」 「えっ？ だ、だって・・あ、あれ・・？」 「そうそう、並んで。」 １年も２年も３年も集まった中央に羽矢。 遅れてきた美琴は普通に脇に収まろうと思ったのだが、 吉澤の声と共にボール送りみたいに送られて。 気がつけば羽矢の横。 「せんせー、あんましにやけた顔してると、一生残るからなー。」 桐辻の声にドッと受ける。 「・・・おまえら、教師で遊ぶな。」 さすがに羽矢からも文句が出る。 「覚悟しといて下さいねー。美琴先輩は卒業でも、俺たちはまだまだいるんですから。」 「だよなー。恋の恨みはしつこいんだから。」 「呆けてると大変っすよー。」 １年男子の揶揄に思いっきり眉根を寄せる羽矢。女子達も笑い出す。 「きゃー、先生。そういう顔も素敵ーっ。」 美琴はただ真っ赤。 「いい加減にしろっ。さっさと撮れ！」 「怒鳴ってちゃ撮れませんってば。」 「桐辻ー、おまえなーっ。」 頭の上を飛び交う掛け合い漫才の隙に、美琴の前にいた鳴見がふりかえって囁いた。 「先輩。あの、すいませんでした。」 「え？」 「あたし・・・。」 「どうして？ 沖さんのおかげだったよ、言えたのは。」 「先輩・・。」 「ありがとう。」 そう言って微笑む美琴に鳴見は又見つけたと思った。 桐辻があれだけこの人に惹かれた理由。 彼がふられたからって、自分の想いがかなうとは思わないけれど。 あたしも。 この出逢いをよかったと思えるようにしよう。きっと。 「よーし、じゃあ撮るぞー。全員前見てーっ。」 かけ声にさざめきながら皆が前を向く。 美琴と羽矢が眼を合わせて。 ふと美琴は手の中の花束から、蕾のガーベラを２，３本とると、羽矢に差し出した。 意外そうな顔をした羽矢だが、そのまま受け取るとフッと笑って。 ふたりは視線を同じ方向へ重ねた。 「はい、チーズ！」 ２度と来ない一瞬。みんなの中での笑顔。 あなたと私の卒業写真−−。 
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