 Lastline13 graduation −明日の地図−
翌日はたまたま土曜日で、羽矢はストバスの試合が入っていた。 美琴も初めて、直接コートサイドに応援にいくことにしたのだ。 藍も一緒なので心強い。 挨拶代わりに全員分のお昼を作るとはりきった美琴は、 藍と二人でお弁当大作戦を練った。 何しろ人数が多い。弁当作りは慣れているが、量が違いすぎる。 昨日は卒業式の打ち上げで遅かったが、朝早く起きて準備に追われた。 楽しんでもいるのだが。 ９時頃、藍が来た。買い出した飲み物や、自分が作った食後のデザートを持って。 「みこっちゃん、こんちわ。」 「藍さーん、待ってたの〜。」 藍は車も持ってきてくれた。 朝は羽矢が草太を拾って行き、代わりに藍がお弁当ごと美琴を拾う事にしたのだ。 「でも土曜にお店お休みでいいんですか？」 「うちって割といい加減だから。店主の好きにやってるところもあるのよね。 草太がいなくても独りでやるのがいつもなんだけど、 これだけ大きい試合って初めてだから。臨時休業って前から決めてたの。」 二人で台所に立ちつつ、口が止まらないのは女性の常だ。 「それにしても相変わらず料理上手ね、みこっちゃん。」 「そ、そうですか？ ほら昨日卒業式で遅かったし、あんまり手がかけられなくて。 仕込んでおけるものばかり。」 「何言ってるの。ほんと羽矢くんにはもったいないわよ・・・ね、あたしのお嫁さんにならない？」 「藍さんってば。草太さんに怒られますよ。」 毎度の事だから美琴も笑いながら、手だけは動かす。時間がない。 なんとか１１時過ぎには用意が出来た。 「よし、忘れ物ない？」 車に全部積み込んでから、藍が確認する。 「はい。・・・でも」 「ん？」 「ほんとにあたし、行っても大丈夫かな・・・。」 「みこっちゃん！ もう卒業したんでしょ？ 全然ＯＫ！ No Problem！」 藍の力強い言葉に、美琴もうなずく。 「はい。」 「さ、行くわよ！」 藍も言ったとおり、今日の試合は羽矢と草太に限らず、 チームにとってもこれまでで一番大きなものだ。 カウントダウンパーティーにリーダーの手科が漏らしたが、 市内のストバスチームでリーグ大会を作ろうという動きが具体化しつつある。 それのいわば前哨戦、テストケースらしかった。 当然、チームも気合いを入れて参加している。 羽矢はというと至ってマイペース。 かつて、社会人バスケで頂点を目指す中に身を置いていた羽矢。 ストバスに加わったのはその反動もあり、より自由な雰囲気を求めたからだったが、 だからといってそういう動きを否定するつもりもない。 要は自分自身だと。そうわかるようになってきたから。 このチームで、この仲間でなら、前と同じ事は繰り返さずに済むと思っていた。 午前中から試合をこなしていたチームは、それこそ腹ぺこで。 二人が用意したたっぷりの量と美味なる弁当は、歓声と共に迎えられた。 大の男が喜々として箸を片手に飛びつく様は、ほほえましいというかおかしいというか。 その一方で現れた美琴に、驚きを隠せないのも又。 年末より遙かに幼くみえる姿に。 「カウントダウン以来だねぇ・・。でもさぁ。」 「なんか・・・・あんときと・・。」 「羽矢・・・その・・・？」 皆、言っていいのか悪いのかって感じで、二人を見比べる。 草太がくっくっと笑いながら、羽矢をつっつく。 「ほら。ちゃんと言っとかねえと、おまえやばくねえ？」 「どういう意味だよ。」羽矢は食べる事に専念したまま知らん顔。 「・・・美琴ちゃんって・・・いくつ？」 誰もが抱えていた問いを、代表して最初に投げたのは手科で。 美琴は一瞬どうしようという顔で羽矢を見るが、まるで意に介さない彼。 代わりに答えたのは藍。 「１８よぉ〜。昨日までぴっちぴちの高校生だったんだから！」 「あっ、藍さんっ。」 沈黙の後に起きたどよめきと叫びに、周りのチームまでふりかえった。なんだなんだ？ 「こっ、こっ、高校生〜っ？」 「おい！ それってやばい・・。」 「羽矢っ、おまえ教師じゃなかったっけっ？」 やっぱり平然として答えない羽矢。 赤と青の顔色を点滅させる美琴に同情した草太がフォローする。 「だからさ、昨日で卒業したんだってば。もう高校生じゃねーの。時効成立！」 その強い口調に押されて黙った面々が、そのあと漏らしたのは嘆声。 「・・・にしたって・・。」 「おい、羽矢！ おまえなー！」 「う、うらやましすぎ・・いやその・・。」 「職権乱用！」 「やっちまえーっ！」 「え？ お、おい。待てっ。こら、めしーっ。」腰が逃げる羽矢。 「うるせーっ！！」 それこそ高校生じゃあるまいに。 何故か羽矢は草太以外のチームメイトに襲われる羽目となり。 「みんなーっ、みこっちゃんのために手加減くらいしてよねー。 悔いは残さなくていいけどぉー。」 藍の助けにならぬ助け。 「あっ、藍ー！てめー、おぼえてろーっ！！」 「あたし忘れっぽいから。無理よー。」 「藍さんっ！」 「まぁまぁみこっちゃん、大丈夫だって。 まだ試合残ってるから怪我はないよ・・たぶん？ あ、この卵焼き絶品！」 「草太さんまで〜。」 オロオロする美琴を尻目に草太夫婦は楽しげに食事を続け、 羽矢は皆のおもちゃとなりはてていた。 「おまえらーっ、いいかげんにしろよーっっ！！」 どこかその声は楽しげだったけれど。 午後、羽矢は２試合をこなした。 元気に応援していた美琴だったが、最後の試合にコートを駆け回る彼に、 思いがけず滲んだのは涙。 広い体育館でたった一人、憑かれたようにシュートを繰り返す羽矢を見たっけ。 もう１年半も前だ。 何度も何度も。やり場のなさを乗せるように弧を描いていたボール。 あの苦しさと切なさ。 今、ここでボールを追いかける彼にはその影は微塵もない。 その手から放たれるボールは孤独なシュートではなく、チームメートへのパスだ。 リングをボールが通れば仲間の手が彼を叩く。歓声と共に。 その笑顔が、美琴の涙に拍車をかける。 「みこっちゃん？ どうしたの？」 藍が驚いて声をかけるけど。 「いえ、ちょっと眼にゴミ。大丈夫。」 そう言ってごまかした。だって、悲しいわけじゃないから。 ただ。胸がいっぱいなだけ。それだけ−。 一瞬羽矢と眼があった気がしたけど。瞬きする間に走っていったから。 違ったかも知れない。 総じてチームの戦績は勝ちが優先して、皆満足だった。 「よし、たぶん夏にはリーグ戦も出来ると思う。それまでまた鍛錬しようぜ。」 リーダー・手科の言葉に、全員がおうと意気を上げた。 打ち上げに行こうという事になったのだが、着いてみると美琴と羽矢がいなかった。 「あれー、あの二人は？」 草太が保護者のように伝える。 「悪いな。あいつら今日は先に帰るって。」 「なんだー、今日の試合は羽矢は功労者だってのに。」 「だよな。あいつのシュートは絶品だぜ。」 「みこっちゃんの卒業祝いなのよ。勘弁してあげて。昼間さんざん遊んだでしょ？」 藍のフォローに全員顔を見合わせた。 「ほんとに高校生だったんだ・・・。」 「・・・ちくしょー、いいなぁ。可愛い彼女！」 「よし、今度またいじめてやろう〜。」 「あ、それならあたしも混ざるから〜。」 「こら。藍！」 「よっしゃ〜！！」 すっかり変な方向で気炎をあげつつ、うちあげは盛り上がる。 藍と草太も乾杯する。 「心配してたけど、よかったわね。みこっちゃん卒業できて。」 「ああ。これからどうなるかわかんないけどな。」 「そりゃそうよ。羽矢くん次第かな。」 「そっか？ みこっちゃん次第じゃねえの？」 「うーん・・？？」 顔を見合わせて笑い出す。 「うまく行くといいね。これからも。」 「そうだなー。」 二人とも好きだから−。 そのころ。 二人は何故か、出逢った橋の上に居た。 二人で食事を済ませたあと、帰ろうと思った羽矢だが、美琴がねだったのだ。 「ちょっと寄り道してもいい？」 珍しい事もあると思ったらここ。 すでにすっかり闇。鉄橋の下を流れていく光の帯は電車の灯りだ。 幾筋も幾筋も通り過ぎていく。 「どしたんだ？ 急に。」 「ううん。なんかね・・・昨日からいろいろ思い出したりして。一緒に来たくなったの。」 出逢ったこの場所に−。 橋の手すりに寄りかかって見上げる空。星の光はあまり見えないけれど。 羽矢も歩み寄ると、隣で同じように見上げる。 肩の温もり。 「・・・・楽しそうだったよ、今日の試合。」 「ん？」 「琉斗さん。すっごく楽しそうだった。」 「そっか？」 「うん。」 力強く肯定されて笑う。 「確かに楽しいからな。何も考えずにボールだけ追っかけてる。今は。」 思えば以前は。 「体育館で・・・邪魔した事あったでしょ？」 美琴の言葉に思い出す。 あの頃はたまにああいうことがあった。 ただ繰り返し投げるだけのシュート。それを何時間も。 美琴に見つかって。苛立ちを見透かされてずいぶん脅したっけ。 「・・・だからか？」 「何？」 「泣いてたろ。試合の時。悲しくさせたのか？」 やっぱり見られたんだ。 「ううん・・・嬉しかったの。」 美琴を見返す。 「別人みたいだった。今の琉斗さん。だから・・・嬉しかった。」 「・・・そっか。」 伸びた手が美琴の肩を抱く。 春の宵はまだ少し寒くて。寄り添えるのがいい。 のぞき込んできた顔が近づいて、美琴は素直に目を閉じた。 唇が唇に寄り添っただけ。 そんな口づけは、優しくて暖かだった。 「・・・帰るか。」 「はい。」 ガタンゴトンと、また一本。光の帯が二人の下を行きすぎていった。 帰ってきた羽矢の部屋。今夜は夜勤の母に許可も受けてある。 羽矢より先にシャワーを浴びた美琴。 キッチンへ戻ると眼にしたのは、コップに投げ入れられているガーベラの蕾だった。 昨日の卒業式で、自分が羽矢に渡したもの。 持って帰ってくれたんだ−−。 嬉しくなってじっと見つめてると、後ろから声。 「まだ咲かないな。」 「昨日の今日だもんね。でも部屋の中温かいから、たぶんすぐだよ。」 答えてソファに座った美琴は、長袖のＴシャツにスウェット。 サイズが大きめなのは羽矢のものだからあたりまえだ。 追いかけるように羽矢が隣に座るといきなり。 「あたしは・・・変わったかな？」 「へ？」 唐突な質問にきょとんとする。 「あ、あのね。さっき試合を見てて、琉斗さんの昔を思い出して。」 「ああ。」 「そしたらね、琉斗さんがすごく・・・雰囲気変わったなって今更だけど思ったの。」 ちょっとうつむき加減に美琴が話す。 「ひとりでシュート打ってた時とは比べ物にならない。 自由で、楽しそうで、笑顔で。生き生きしてて。」 そんなにほめてどうするんだって感じで、羽矢が眼をそらす。 「すごく・・・素敵になったなって。もう１年半も前だからあたりまえかもしれないけど。 それでね。あたしはどうだろって。 琉斗さんほどじゃなくても少しくらいは進歩したのかなって。 してなかったら・・・情けないから。」 おいおい。本気で言ってるのか？ これは羽矢のつぶやき。 なんでこう、自分の事って見えないかな。 いや、俺も自分の事はさしてわからないから、そういうものか？ 羽矢にすれば、美琴の変化は自分の比ではない。 それこそ固いつぼみが見事に花開くみたいに。 その容姿も。心も。大きく変わったと思うし、それはひいき目ではないと確信してる。 でもそれを口にするのは。 困った羽矢に、美琴が表情を曇らせる。 「やっぱりあんまり変わってない・・？」 その顔があまりに真面目だったので−真面目な話だとは思ってたけど− 羽矢はつい吹き出した。 「・・・なんで笑うの？」 真剣に考えてたのに。怒るつもりだった美琴は、急に悲しくなってしまった。 あたしってちっとも変わってないってこと？ その眼にみるみる湧き上がる涙。羽矢が焦る。 「バカ、違うって。泣くなよ。」 美琴も泣くつもりはなかったが、こうなると止めるに止められない。 「っ・・って・・・」 うつむいて唇を噛みしめたら。抱きしめられた。 「昼間さ。・・・みんなが俺で遊んでたじゃん。弁当の時。」 「・・・？」 話が飛んでると思いつつ。 「あいつら、半分マジだったんだぜ。ったく、相当うらやましがらせたみたいだ。」 「・・・高校生・・・だから？」 「バーカ。おまえだから。」 「・・・え・・・？」 「あのな。１年男子に桐辻に神岡。俺をあれだけ妬かせといて、そういうこと言うか？」 本気で呆れた声での羽矢の問いに、美琴は言葉がない。 まだこぼれ落ちない涙を目に湛えたまま、染める頬。 「自分を知らないってのは怖いよなぁ。」 「・・・ちょっとは・・・進歩してる・・？」 「これ以上しないでくれ。置いて行かれるのは嬉しくない・・っつーか、勘弁だ。」 「・・・嘘ばっかり。」 「嘘なもんか。」 ため息のようにこぼしていた言葉を止めて。 羽矢は腕の中の美琴を視線を合わせる。 「さっきずいぶん褒めちぎってくれたけど。だとしたら全部おまえのおかげだからさ。」 「・・・あたしが変われてるなら、それは琉斗さんのおかげだよ？」 沈黙の後、笑い出す。 「二人でほめあってもしょうがないよな。・・・とにかく。」 耳元で囁き。 「卒業、おめでとう。」 「・・・ありがとう。」 柔らかな美琴の髪をなでた指が、その背中へ忍びやかに移る。 ゆっくりとなで下ろすそれには別の意図が含まれていて。 「・・あっ・・・」 背を反らせた拍子に、又出逢う視線はあきらかにさっきと異なる温度。 陽炎のようにゆらゆらと揺らめく炎が、羽矢の眼の中に見える。 同じものを自分も映している？ 恥ずかしくなって美琴は目を閉じた。 それは誘ってるとしか見えない。ためらうことなく、羽矢は唇を重ねた。 橋の上と同じ、寄り添うようなキスを幾度か繰り返した後。 美琴の顎をつかまえると、唇を割り開き舌を押し込む。 瞬間見開いた眼は又閉じられて。 熱くぬめる舌が舌に絡みつき、吸い上げる。 「・・・っ・・・んっ・・！」 切なく漏れる声が猛らせるのは。 美琴が変われたのは、自分自身を拓く相手を得た事に尽きるだろう。 体だけでなく、心だけでなく、共に出来るから意味のある相手。 初めて自分の価値を認めてくれた人。 ここに在る自分が、かけがえない自分だと、言ってくれた人。 だから生まれて来たのかも知れない。 −−あなたに逢えたから、そう思えるよ。 同じ言葉を羽矢も返すだろう。 希望と努力と挫折と。 珍しくもないよくある人生。その後に身をゆだねた惰性。 そこに現れた彼女故に、挫折すらも今のためだったと思える。 −−おまえがいるから。 美琴の中の熱さは、いつも羽矢を酔わせる。 狭くてきつくて、自分が絡ませる舌のように、自分に絡みついてくる。 一気に打ち込みたい衝動を堪えて、美琴をのぼらせる。余裕のフリで。 そんなこと気づくわけもなく。 ただ追われ、のけぞる美琴。珠のような白い胸が切れる息に上下する様も艶だ。 その谷間を伝い落ちる雫。夢中で呼ぼうとする名前。 「・・やっ・・・あんっ・・・あっ・・りゅっ・・あっ・・」 答えは全て、唇と指で返る。 胸の実に。 腰のラインに。 繋がる華に。 その度、声もなく美琴が乱れるのを眼で貪る。 とうに限界を越えていた美琴。 何度めかに突き上げられ、胸に軽く歯を立てられた瞬間。 最奧を羽矢に巻き付かせたまま、思い切り締め上げた。 「あっ・・あっ・・・ああーっっ！」 「・・・みっ・・・とっ・・！・・・」 眼の中が赤く染まる。 耐えていた全てを突き上げ、注ぎ込んでいた。 幾度も重なる想い。 それは花も目覚めるほどに。 翌朝。 美琴が目覚めたときには、すでに羽矢は起きていた。 コーヒーの香り。 けだるさを振り切り、Ｔシャツをかぶってのぞくと、キッチンでカップを手にしている。 「起きたか。」 「おはよう。」 ちょっと照れた笑み。 「見ろよ。」 「え？」 指さされたそこには、あのガーベラが花をほころばせていた。 「わぁ、咲いたね。」 「去年の桜みたいだな。」 「うん。」 差し出されたカップにうなずきながら、ふと思う。 「・・・もっと見られるかな。」 「ん？」 カップを口にしながら、羽矢が聞き返す。 「いろんなもの。いろんな事。これからも・・・一緒に。」 「そうだな。−きっと。」 カップを置いて。羽矢はそっと美琴を抱きしめる。 「先の事なんてわかんないけどな。」 「うん。」 「でも。」 のぞきこむ瞳と瞳。 「−離さない。」 繰り返されるのは、鎖でなく願い。 重ねる口づけの向こうで、ガーベラが揺れた。 ふりかえれば。 それぞれ歩いてきたのは平凡で、華やかでも美しくもなく。 影も落ち、でこぼこしてありふれた、でも必死だった愛おしい日々。 今。隣にいる大事な人。 未来は見えないけれど、それでも手を携えて。 明日の地図に一緒に描こう。 鮮やかに。 ふたりの軌跡−−。 ＜ kiseki - Last-Line / end ＞ 
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