 Lastline6 合格発表 −到着地点−
担当教科に関しての、私立高校同士の会合があって、 朝から羽矢は外出になった。 今日は確か、美琴の本命の発表だったな−。 わかっていたけど、ここしばらく連絡してなかったから。 携帯もかけるにかけられず。ただ待っていた。 似合わない。 自分らしくないと思いながら。 退屈なはずの会合で、いつのまにか真剣になっていた。 俺ってこんなに真面目だったっけ。 知らぬ間に「教師」が身に付いている。気づかないうちに。 終わればまっすぐ帰宅してもよかったのだが。 学校へ戻ることにしたのは、美琴の結果が知りたかったからだ。 やっぱりメールも電話もこない。 来るわけないか？ 俺たちって・・・もう？ 踏みすぎたアクセルをパッと放す。やばい。事故ってどうする。 職員室にはパラパラと人が残っていた。 「おや、羽矢先生。ご苦労様でした。」 声をかけてきたのは、美琴の担任。ちょうどいい。 「いえ。どうです？ ３年はぼつぼつ結果が出揃いましたか？」 さりげなく持って行く話の方向。 「そうですねぇ。今年は割といい方ですかね。 うちのクラスも第一志望に受かる子が多い。」 「今日は？」 「４人・・・あ。先生、部活の顧問でしたよね、理科実験部。」 「ええ。」ドキリとする。 「柚華。柚華美琴。受かりましたよ、無事に。」 あまりにもあっさり言われて、ちょっとポカンとして。 「・・ホントですか？」 思わず乗り出したので相手がびっくりしている。 「えっ・・・ええ。ギリギリかなと思ってたんですが、しっかり。合格です。」 「そう・・・ですか。あいつ、受かったんだ−−。」 羽矢の顔が柔和にほころぶのを意外そうに見ていた担任。 「そういえばあの子も、報告に来たとき気にしてましたよ。 先生いないのかって。」 「柚華が？」 「今日は外出だっていったら、がっかりしたようで。 又明日にでも報告に来るでしょう。」 「・・・そうでしたか。」 「じゃ、私はお先に。」 持っていた資料をどさっと机に置くと、椅子に深く座り込む。 受かったか。そっか。 やったな、あいつ。 胸に沸き上がっていた喜びはしかし、次第に沈んでいく。不安の中に。 電話くらいよこせばいいのに。気にしてるなら。 自分を棚上げして言っちゃしょうがねえよな。 苦笑して取り出した携帯。おめでとうと言ってやりたい。 それから−−。 電源を入れるとメール？ あわてて開いたそこには。 『大学、合格しました。ありがとう。 琉斗さんが大好きです。 美琴 』 「・・・っ・・の馬鹿・・。」 結局先手を取られるのは俺か。どっちが年上なんだかわからない、これじゃ。 ガタッと荷物をひっつかむと飛び出していく。 車に飛び乗って。 文字だけ。声だけじゃとても足りない。今は。 逢いたくて−−。 いつものように一人の夕食を用意していた美琴。 時折携帯を気にするけれど、着信はない。 まだ仕事かな。それとも・・・返事したくないのかな。 キシッときしむ胸。 あー、合格した日にこんなにめげてちゃ駄目でしょ。 まだ頑張ってる人だっているんだから。自分を叱咤する。 そう、合格したのに。・・・逢いたいなぁ。 ピン・ポーン 応えるようにドアベルが鳴った。手にしていたお玉を取り落としかける。 わっ・・・びっくりした。誰？ 宅配便かな。 インターホンを取る。 「はい、柚華です。」 「・・美琴？」 その声に止まる動悸。指が震える。まさか。 「・・琉・・？」 一瞬でぶら下がって揺れる受話器。玄関へ走る。 足がもつれる。すぐそこなのになんでこんなに遠いの？ お願い。 いなくならないで−−。 パン、と開けたそこに羽矢の顔があった。 「み・っ・・？」 名前を呼ぶ前に、美琴がその首にかじりついた。その勢いによろめきかける。 とっくに美琴の眼からは涙は溢れていて。 「りゅ・・さん・・・琉斗さ・・りゅう・っ・・！・・」 羽矢の耳元で。 ぽっかり空いていた時間を埋めるかのように、繰り返される名前。 抱きしめながら、その響きの甘さに酔った。 「美・・っ。」 指が確かめる。 背中。 髪。 頬。 それから。 唇を唇で。 確かめていた−−。 どうしても離れない美琴を抱えるようにして入ると、リビングのソファに座った。 まだしゃくりあげる美琴の肩にかかる髪を、羽矢の指が梳く。 その仕草の優しさが又、美琴を泣かせる。 「いい加減泣きやめって。」 「・・・って・・・」 「相変わらず泣き虫だな。」言葉の意地悪さは口調の柔らかさに消える。 「琉斗・・さんが・・・泣かせるんでしょ。」 「そっか。俺のせいか。ならいっか。」 「・・・へ？」鼻をすすりながら、顔を上げる美琴に。 「俺のせいでなくって事は、俺のこと考えてるんだろ。その間ずっと。」 「・・・っ・・！」 すでに赤い顔がさらに赤くなる。 「ん？」 のぞきこまれてプイッとそっぽをむく。 「知らないっ。」 「やーっと泣きやんだ。」 「・・・あ。」 気づいて向き直る。それでからかったんだ。 「お祝いくらいちゃんと言いたいからさ。−−合格、おめでとう。」 その言葉に、止まったはずの涙がまたじわりと沸き上がる。 「あー、こら。だから泣くなって。」 「・・から・・・泣かせるのは・・・琉斗さんなんだから・・。」 グスグスとすすり上げる美琴をやれやれと笑って抱きしめた。 ギュッと押しつけられる胸。 「がんばったな。」 「・・・うん・・・ん・・。」 誰に言ってもらうより、彼に言ってもらいたい。一番嬉しいから。 やっぱり涙は流れるけど。 ひとしきり泣いてから、やっと話ができるようになる。 胸の中から美琴がつぶやく。 「・・ご・・めんね・・・こないだ・・。」 「ん？」 「嘘・・って言ったこと・・。ひっぱたいたし・・。」 「いや、俺も言い方悪かったからな。・・・なんかさ。 おまえに『嘘』って言われたのがすごくこたえたんだよ。ホントに。」 ちょっと笑ってそういう羽矢の声に、又泣きそうになって額を押しつける。 「・・・あの時ね・・桜井さんに・・・軽蔑されそうな気がしたの。 ・・・あわてて嘘って言っちゃったの。 でも、言ってからずっと・・・うしろめたくて・・・琉斗さんに逢いづらくて・・。」 初めて聞く美琴の本音。 なるほどね。桜井絵里香を思い浮かべて納得する。 懐かれてる後輩のそう言う視線は辛いだろう。でも美琴も後悔してたのか。 それで・・・避けられてたわけだ。わかってしまえばなんてこともないのに。 「あたし・・・琉斗さんとのことやめたいなんて・・・思ってないよ？」 まだ湿った声で、途切れ途切れに訴えてくる。 「気にするな。俺の方がちょっと・・・相当、大人げなかったのはわかってる。」 「そんなこと。」 「でも、結構広まっちゃったな、噂。否定したのに。」 「・・・おもしろがってるのかな。」 「暇つぶしか。」 「でも。１年生とかは琉斗さんのこと心配してるよ。」美琴がボソッと言う。 「心配？」 「あたしのせいで。クビになったらって。」 「おまえのせいじゃないだろ。」 「彼女たちにしたら、そうでしょ。」 「にしたってさ、俺がクビになってもたいしたことないじゃん。」 その言葉に、美琴がキッと顔を上げた。 「そんな言い方しないで。琉斗さん、わかってないよ。 ファン倶楽部の子たち以外にも、羽矢先生を好きな子はいっぱいいるんだから。」 美琴の真面目な顔に、羽矢は首をかしげる。 「おまえさ、俺のこと買い被ってないか？俺は教師なんて元々ガラじゃないし。 知ってるだろ。ここに来たのもバスケやめて食い扶持に困ったからだ。 おまえに逢えたから、よかったと思ってるけど。」 「琉斗さん−。」 美琴の瞳が真剣だ。 「１年前言ってくれたよね。あたしがいて良かったって。誇り持ってろって。覚えてる？」 「・・・ああ。」 忘れるわけもない。 「あたしもそう言えるよ。」 「何？」 「琉斗さんがいてくれて良かった。琉斗さんに逢えて嬉しかった。 だから、琉斗さんもここにいることに、誇りを持って欲しい。」 「美琴。」 「同じように、そりゃちょっと意味は違うかもしれないけど。 この学校に来て、琉斗さんに逢えて良かったって。 そう思ってる子はいるの、たくさん。」 思っても見なかった言葉。 「それは先生と生徒かもしれないけど、でもそれだって大事な出会いでしょ。 中にはあたしみたいに、琉斗さんを想ってる子もいるかもしれない。」 「・・・おまえ・・。」 「あたし、もう否定したくない。否定しない。自分の気持ち。 だからってあたしのせいで、 あたしのために琉斗さんがやめることになるのも嫌なの。 みんなから、羽矢先生を奪ってしまうことになるのは。」 「じゃあ。」 「どうしたらいいかなんて、まだわからないけど。 でも。琉斗さんにもそう思って欲しいの。 簡単にやめるとかクビでもいいなんて言わないで。あたしのためなら余計に。」 『誇りを持ってろ』 そう言ったのは自分だった。間違いなく。 そのくせ、自分はそれを持ってるのかと問われれば−−？ それを美琴が訴えてくる。 美琴を想うならなおさら、自分も誇りと責任を持たなくちゃ駄目だと。 二人の交際は事実で。 そのために他のことを放り出す事は簡単だ。 でも、俺が美琴の『嘘』という言葉に傷ついたのと同様に、 俺の『嘘じゃない』という言葉に、傷つく生徒もいるんだろう。 あれもこれも全部傷つけない、なんてのは無理だけれど。 最初から放り出すんじゃ・・・駄目だよな。 これでも教師なら。今の今まで自覚してなかったけれど。 「・・・んと、おまえって・・。」 フッと笑うと、羽矢はまた美琴を抱きしめる。 「り、琉斗さんって。」 「わかったって・・・でもさ。忘れんなよ。」 のぞき込む瞳。 「俺が一番大事なのは、おまえだ。それを守れないなら、全部なしだから。」 美琴の顔がゆがむ。 どう答えればいいのかわからない。駄目だよって言うべきなのかもしれない。 そう思っても、やっぱり心は正直で。嬉しくて。 「・・・あたしも。琉斗さんが一番大事だから。」 背中に回した手に、精一杯力をこめた。 サラリと。 美琴の髪がシーツに広がる。 いつのまにか、背中の中程までに伸びたそれは、相変わらず綺麗なストレート。 その髪に顔を埋めながら、うなじに口づける。 ため息に似た吐息を美琴が漏らす。それだけで体の熱が高まる。 ゆっくりと動く舌は、熱さの後にひんやりした冷たさを伴わせて這い降りる。 「・・ぁ・・っ・・あん・・っ・・」 吐息が少しずつ声に変わろうとする。 何度体を重ねても、自分で聞くそれはなにか恥ずかしくて。いたたまれぬほど。 手でふさいでしまう。いつも。 その手をすぐにはずされてしまうのもいつものことで。 「・・言ってるだろ・・・ふさぐな・・よ・・」 はずした手の甲に口づけながら。 「だっ・・て・・・」 視線をそらしながら言い訳になる。 「・・・聞きたい・・・んだ・・聞かせ・・・ろって・・・」 その手を顔の横に留め置かれて、のぞき込まれる。 「お・・まえの・・・声・・・聞きたかった・・」 「ああっ・・んんっ・・・やぁ・・っ・・」 柔らかな膨らみをそっと包み込んだ掌。 ５本の指に別々の動きで、それをもみし抱かれて。美琴は声を抑えられない。 すでにしっかりとその頂きは固く結んでいて、 指が触れても挟み込んでも、さらに声を上げさせるだけで。 「やっ・・・ああっ・・・っ・・！」 目尻にたまる涙を吸い取りながら、羽矢の指は止まることなく体中を確かめていく。 知らないところなんてないのに。 それでもやっぱり確かめずにはいられないのは、何故なんだろう。 たぶん、美琴自身すら知らない部分を知っている。 それが自分だけであることの優越感。自分だけに許された特権のくれる安心感。 自分だけの美琴−−。 それが嬉しい。 すぐそこにあるそれに手を伸ばして、するりと逃げられてはまた延ばして。 その繰り返しに美琴が鳴き声をあげている。 「りゅっ・・・あぁっ・・！ いっ・・じわ・・・ねがいっっ！！」 懇願する美琴の耳に囁き。 今にも絶えそうな息で美琴が羽矢の耳に返す言葉。 瞬間浮かぶ満足げな笑みは、たぶん美琴にしか見せたことがないだろう。 もっとも美琴だって、それをとらえる余裕はないのだけれど。 「・・っ・・あっ・・ぁああっ・・！！・んんっ！」 反り返った細い腰に、腰を押しつけるようにして、余すところなく密着させながら。 その瞬間は過ぎる。 ゆっくり沈み込んでいく美琴の体を、羽矢の長い手がまきとって抱きしめた。 重ねる唇もまた、余すところなく合わさって。 『あなたが好き』 そこから初めて、そこにたどり着く。 何度でも繰り返し。今までも。これからも。 一緒に日々を越えながら。 それがふたりの到着地点−−。 
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