男の子ってしょうがないわね。

おもちゃの剣と戦隊物のフィギュアを持って、部屋中を飛び回り奇声をあげる天を見守りながら、理子はそっとため息をついた。


母たちが買い物に出かける間、留守番を引き受けた理子だが、小学校も二年生になると、三つ下の天は赤ちゃんに見える。

保育園の年中さん。天の頭の中はありとあらゆるヒーローとサッカーとバスケでいっぱい。他には何も入ってない、そう言ったのは天のお母さんで、理子にとっては身内も同様の、藍あい　だ。

「怪獣よ怪獣。朝起きてから寝るまでノンストップで暴れまくるの。止まるのは食べている時とトイレの時だけ。脳味噌が入ってないんだわ」
「藍ちゃん、脳味噌がなかったら困るよ」

理子が冷静に突っこんでも、藍は動じない。

「困るのよねぇ、どうしよう。筋肉バカへまっしぐらよ、今んとこ。何しろ父親がアレだもん」

アレとは天の父親で藍の夫、草太を指している。すごい言われよう。それでいて彼女はアレを誰より愛してるんだから。

大人ってつくづく複雑だわ。
ぼんやり考えていたら、目の前に天が飛び降りた。

「りこ！」

手がムズムズした。三つも年下のくせに呼び捨てってどうよ？　同い年とか年上なら叩いているのに、年下だから叩くこともできない。お姉さんは辛い。我慢して言い聞かせる。

「りこちゃん、でしょ」
「母ちゃんは、りこ、って言うぞ」
「そりゃあ」
「りこ！」

あたしは小学生。
相手は保育園児。
自分に言い聞かせてじっとこらえる。

「なに？」
「サンタはいいもん？　わるもん？」

ちょっと呆れた。
どこから仕入れたんだろう、そんな情報。

「サンタが悪者なんて誰が言ったの？」
「父ちゃん！」

頭痛がした。藍のアレ、じゃなくて草太は理子も大好きなおじさんだ。子どもと遊ぶのが天才的にうまい。それってつまり子どもとレベルが同じなのだと、理子はすでに見破っている。

遊ぶ勢いで、天ちゃんに何を吹き込んだんだろう。

「おじさんがなんて？」
「サンタはいい子にしてないとプレゼントくれないって」
「うん」

これは親の決まり文句だ。誰でも使う手。
理子だって使われる手。

「そんで悪い子はお仕置きするって」

うーん、あたしは言われなかったバージョンだな。
その辺は男の子相手だ。

「お仕置きってお尻を叩くんだろ？　サンタはわるもんかって聞いたら、サンタもいっぱいいるから、いいもんとわるもんがいるかもなって」

だからおじさん、保育園児にそんなややこしいことを。

「俺んちにくるサンタが、わるもんだったらどうする？」
「天ちゃんちのサンタはいいもんだよ」
理子は断言した。

一般的に子どもはいくつまでサンタを信じているんだろう。理子の場合、なぜかわからないけど、物心ついたらもうサンタはパパとママだと知っていた。

天ちゃんちのサンタもパパとママだから断言できる。
天ちゃんのサンタはいいもんに間違いない。

「なんでわかるんだよ」

聞き返されてうーんと唸った。自分が知ってるからって、言っていいのかどうか。藍と草太はまだまだサンタを信じて欲しいかもしれないし。

「なんとなく？」
「そんなんじゃダメだ。わるもんかもしれない」
「天ちゃんは悪者の方がいいわけ？」

プレゼントがもらえないのにと思ったら。

「そしたら俺が退治できるじゃん。せーぎの味方のアカレンジャーになってさ！」

期待に目をきらきらさせ、手に持った剣を掲げて力いっぱい叫ぶ天に、理子は脱力した。

ああそう、そういうことね。
男の子って全くもう。

やってらんない。

「だから、サンタを待ち伏せするんだ」
「天ちゃん。サンタが来るのは真夜中だよ」
「だよなあ。りこ、どうやったら起きていられる？」
「そうねえ、いっぱいお昼寝するといいかも。晩ご飯を食べ過ぎないようにして、ベッドに行くのを遅くして」

この際だ。言い出しっぺに責任をとってもらおう。そう思って理子は色々入れ知恵した。草太サンタに挑む天レンジャー。ちょっと見たい気がする。藍が大笑いしそうだ。

「よし、りこんちは大丈夫か？」
「へ？」
「わるもんサンタがきたらどうする？　俺んちでお泊まりしないか？」
「うちのサンタは間違いなくいいもんだから。心配しないで」

さらに力を込めながら思った。この話をしたらパパとママが大喜びしそうだ。でもサンタの正体を知ってるのがばれちゃうから、やめておこう。さーちゃんなら聞いてもらえそう。でもって大受けするわ絶対。

「なぁなぁ、りこぉ、俺んちでお泊まりしよーよぉ」
「なに天ちゃん、わるもんサンタが怖いわけ？」
「ちっ、ちがわあ！　俺のかっこいいとこ、見せてやろうかって」
「はー、へー、ふーん？」

天ちゃんが珍しく赤くなるのを見ながら、つくづく思う。男って大人も子どもどうしてこうなの？　みーんなこうなのかな。知ってるくせにママも藍ちゃんも、どうしてあんなにパパやおじさんと、ラブラブなのかしら。

あたしだって、パパも草太おじさんも天ちゃんも好きだ。
好きだけど。
ちょっと好きが違うよね？


「なぁりこー、お泊まりしよーよー」
「天ちゃん、おやつにしよっか」

言いつのる天の気をそらしながら、理子は思った。
人生は謎に満ちている。

とりあえずの謎は明日のイブ、天がサンタの正体を見破れるかどうか。
草太はいいもんとわるもん、どっちにされるんだろう。


おやつを補給するや、再び剣を振り回して気勢を上げる天に呆れながらも、イブの顛末てんまつ　が密かに楽しみな、理子だった。





　　　　　　　　＜　waiting　for　Santa Claus 　　 ／　end　＞