イブの朝、光が最初に目にしたのは、葵の顔だった。

そっと顎に触れてくるなめらかな指先の感触に、眠りの底から意識を揺り起こされ、彼女を認識する。有給をとったからこそできる贅沢だ。

ひげを確かめているらしい。そこは男だから一晩経つとあごのあたりがざらざらする。光はあまり体毛が濃い方ではなくて、ひげも胸毛もまばらだ。本人は密かにコンプレックスなのだが。

「女にとっての胸みたいなもの？」
「どやろか、わからへん」

葵は、ひげも胸毛も濃すぎるより薄い方が好みだという。こうしてこっそり触れてくるくらいだから嘘ではないらしい。

朝なのに。朝だからか、さわりとした触れ方が妙になまめかしく感じられて、鼓動が速まる。まずい。男の朝の生理現象にさらに気合いが入りそうだ。

「えらい色っぽい起こし方やなぁ？」

目を開けると、葵があわてて手を引っ込めた。寝起きの彼女はまた格別の眺めだ。乱れた髪から赤い耳たぶがのぞいて、首筋のうなじの色っぽさといったら。動悸がさらに激しくなる。

「起きてたの？」
「せやから起こされたっちゅうねん」
「ごめん」
「かまへん。葵に起こされるんは嬉しい」

朝の口づけも格別だった。ついばむような浅いたわむれから、のめりこむように深くなった。覆い被さってとっくにその気の体を押しつける。逃す気はない。

「ちょ、ひかっ」
「あきらめ。あないな起こし方するからや」
「やっ、ぁあん」
「ええ声で鳴いてぇな」

大事につまびかれる楽器のように、光は思うままに葵を鳴かせた。これまでない時間の交わりのせいか、朝なのに激しすぎたかもしれない。


愛と欲に襲われてぐったりした葵を、抱き上げてバスルームへ運ぼうとした光だが、あわてた彼女にするっと逃げられた。

「だめ」
「なんで？」
「油断も隙もないんだから、ひとりで入ります」
「なんで？」
たったいままで貪っていたのは知らんぷりで聞く。

「とにかく駄目」
「殺生な」

見てるだけで何度でもその気になるというのに、葵は光を振り切ってバスルームにこもってしまった。残念無念だ。強引に入れないわけではないが、さすがにやめた。彼女は今日もやることが満載のはずだし。さっぱりした顔で出てきた彼女に一応すねて見せる。

「せっかく休みやのに」
「今日は忙しいの。わかってるでしょ」
「へえへえ。昨日からたっぷり時間もろうたしなぁ」
不承不承という顔を装って、光もバスルームへ向かった。


今日はそれぞれが、それぞれの実家で家族とクリスマスを過ごす。来春になれば葵と光、銀と初音が式をあげるから、今年のイブは家族で過ごすことにしたのだ。恋人としての時間もとれた光に文句はない。ホテルの朝食バイキングを食べながら、今日の予定を言い合った。

「銀が仕事帰りに、初音さんのところからケーキを持ってくるって」
「うちは初音が自分で持ち帰るわ。桐姉一家も泊まりにくるし、藤姉夫婦は昨日からおるはず」
「クリスマスにリングケーキって初めて」

「そうなん？　なんで？」
「そもそもクリスマスって行事がなかったから」
「ほんま？　けど唐揚げ作るて言わんかった？」
「作るわよお。今年でうちでは作り納めだから、山ほど作るつもり」
笑いながら言う葵に、光は上目遣いになった。

「なあなあ」
「何、気持ち悪い」
「来年のクリスマスは俺に作ってくれるんやろか？　葵の唐揚げ」
葵が目を瞬かせた。

「食べたいの？」
「決まっとるやないか。銀鉄にさんざん自慢されたんやから。今年食べられへんのが悔しいてもう」
まったくあの弟たちは光のツボを心得ている。本気で悔しがっているのがわかったのか、笑いながら葵がうなずいた。

「じゃあ来年ね」
「よっしゃあ！」
「ちょっと光ってば」

握り拳の光に葵は周りを気にしたが、季節はクリスマスだ。周りもほとんどカップルばかりで、互いのことしか見ていない。光だってそうだ。めがね越しにニヤニヤしながらあごをさすると、剃ってない無精ひげがざらついた。

春になったら、毎朝こうなんや。
目覚めて最初に目にするのは葵の顔。最高やな。
待ち遠しいわ。

クリスマスイブの朝、二人は互いの顔だけをみつめていた。





　　　　　　　　　　　　　＜　wake　up　by　you　／　end　＞